第35回「小説でもどうぞ」落選供養作品
編集部選!
第35回落選供養作品
第35回落選供養作品
Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第35回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。
そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!
今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。
【編集部より】
今回は氷堂出雲さんの作品を選ばせていただきました!
今回は特別企画として、9月2日~8日に落選供養をしてくださった方の中から、
担当編集黒田が15作品に抽選で感想をお伝えする企画も行なっておりました。
その中でも選ばれた今作。
「佳作に入っていてもおかしくない」「運が悪かったとしか思えません」とコメントさせていただきました。
中村文則さん曰く、「運であれば、二度も三度も落ちない」とのこと。
ここで選ばせてもらったこともきっかけとしていただき、次こそは入選されますよう……!
ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。
つくログでは、15作品への黒田のコメントとみなさんへのエールも読めますので、ぜひつくログへもお越しくださいませ。
課 題
名人
未来への芽生え
氷堂出雲
氷堂出雲
私は最近、都会から村に引っ越してきたばかりで、新しい環境に馴染めずにいた。都会の忙しさとは対照的な静けさに、孤独感を募らせた。一緒に引っ越した年老いた母が、唯一の話し相手だった。もともと、引っ込み思案だったこともあり、村の人に声をかけることもできなかった。
村を歩いてみた。今日こそは、出会った人に自分から挨拶をして話をしてみよう、そう考えていた。しかし、辺鄙な村なので誰も歩いていない。ある家の前で立ち止まった。庭が絵画のように美しかった。様々な色の花々が咲き誇り、その鮮やかな色彩は私の心を奪った。赤や黄色、紫の無数の花びらが、風に揺られてダンスを踊っている。
「綺麗でしょ」
驚いて振り返ると、くわを肩に担いだ女性が立っていた。
「ごめんなさい。突然、声をかけて。あなた、最近越してきた人でしょ。私はあの家の」と言って少し離れたところにある家を指差した。「佐藤です。綺麗な花で幸せな気分になった?」
「はい。とても」
返事をしてから、先に自分も名乗るべきだったことに気づく。しかし、今更、名前を言うのも変ではないかと考えた。この人は、私のことを知っていた。なら、今更……。
「ここの田中さんは名人なの。田中さーん!」
私は息を飲んだ。この人は、なぜ田中さんを呼んだのだろう。レストランで、シェフを呼んで賞賛する、アレなのか。
「はいはい」
そう言って年配の男性が家から出てきた。反応が早すぎる。これは私を騙そうとして仕組まれたものなのか。
「こちらが田中さんよ。じゃあね」
佐藤さんは、そのまま、自分の家へと向かう。嘘でしょ。私はどうしたらいいの。残された私は、仕方なく田中さんに声をかけた。
「この村に越してきた山本です。お花が綺麗ですね」
「ああ、山本さん、知ってるよ。花が好きならこのタネをあげよう。今植えると、ちょうどいい時期の花だ」
そう言って、ポケットから袋入りの種を出す。
「育てるコツとか教えてもらえませんか」
「それなら、さっきの佐藤さんに聞けばいい。その隣の佐山さんの奥さん、佐々木さんの奥さんたちに相談するといいよ」
私は呆然とした。この人は、花を育てる名人のくせに私には教えてくれないというのか。私は種をもらい家に帰って植えた。佐藤さんたちに聞く気にはなれなかった。
芽は出た。でも、元気がない。
私はまた、田中さんの家に行った。
「コツがあったら教えてください」
「佐藤さんたちに聞かなかったのかい。じゃあ、教えてあげよう。お茶でも飲みながら」
そう言って招き入れられた部屋でお茶を飲みながらしたのは世間話だった。いっこうに花の話は出ず、私は帰ることにした。
「やはり、佐藤さんたちと仲良くした方がいいと思う。あの人たちは気さくでいい人だから、きっと毎日が楽しくなると思うんじゃが」
佐藤さんたちと仲良くしなければ教えてあげないということだろうか。とんだ意地悪な名人だ。私は意地でも自分の力で育てようと思った。色々と頑張ったが、もはや枯れる寸前だ。いや、もう枯れているのかもしれない。
庭に置いたその鉢植えを見てため息をついていた。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に振り向くと佐藤さんだった。そうだ、挨拶をしなきゃと思ったが、佐藤さんが喋り出し、開けかけた口を閉じた。
「あらあら、元気がないわね」
芽のことなの? 私のことなの? 反射的に返事ができないのは、私のコミュ障のせいだ。佐藤さんは、土を指で少し掘ってから私を見た。もっと栄養をつけなくちゃと言ったけど、まだどっちのことかわからない。
「これをここに置いときましょう」
そう言って、カバンの中の袋から白くて丸いものを取り出し、芽の周りに置いた。そこで、初めてそれが肥料で、最初から芽のことを言っていたのに気づいた。そして、表情筋は動いてないのに、心の中で慌てふためく。
「あの、こんにちは。お代はおいくらでしょうか?」
佐藤さんが目を大きく見開いて、額に皺を作った。今更、挨拶したことに驚いたのか? それとも、向こうが料金を言うまで黙っているのが礼儀だったのだろうか。
「おせっかいでやってるんだから、お金なんていらないわよ」
「あの、どうして、その白いのを持っていたんですか」
「田中さんから聞いたの、枯れかけてるって。そうだ、今度、お茶でも飲みましょうよ。都会の話とかお聞きしたいわ」
私は、はいと言って深々とお辞儀をした。お辞儀をしながら、次の言葉を考えるためだ。心の中が騒がしい。これは社交辞令なのか、本心か。
「田中さんから何を言われたか知らないけど、実行した方がいいわよ」
そう言われても、あの花づくり名人の意地悪おじさんからはなんのアドバイスも受けていない。
「田中さんからは、何も……」
「何も? おかしいわね。初めてあなたにお会いした時に、何か悩んでるようだったから、引き合わせたのに。あの人は、不思議と相手が何に困っているか、言い当てることができるの。だから、私たちはアドバイス名人って呼んでるの」
私は、すぐに口を開いた。
「あの、今度、お茶に行ってもいいですか?」
佐藤さんは、笑顔でもちろんと答えた。
(了)