第37回「小説でもどうぞ」落選供養作品
編集部選!
第37回落選供養作品
第37回落選供養作品
Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第37回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。
そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!
今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。
【編集部より】
今回は村山健壱さんの作品を選ばせていただきました!
少年野球をテーマにしたこちらの作品。リアリティ溢れる情景描写で、お話の世界観にすっと入ることができました。
また、読んでいて「素晴らしい」や「もの凄い」など、「すごい」に含まれる言葉の幅を感じていたところ、最後のオチが……!
「妻からの視点も読んでみたい!」と思える作品でした。
惜しくも入選には至りませんでしたが、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。
また、つくログでは他の方の作品も読むことができますので、ぜひお越しくださいませ。
課 題
すごい
褒める
村山健壱
村山健壱
グラウンドには容赦なく熱が降り注いでいた。俺はグラウンドの子どもたちに声をかけながら、ノックをし続けていた。
「おおっ、いいねえ。今の捕球動作はばっちりだ」
「ナイスキャッチ! そのままバックホーム!」
叱るより褒める。少年野球の現場に限らず、子どもに対する指導は今、それが主流だ。子どもの頃、そのように教えられてはいなかった世代の俺たちがこれを続けるのは正直なところ難しい。しかし少子化もあって地域の野球クラブには人が集まらない。このクラブも息子が加入して、ようやく試合に登録できる二十人に達するような状態だった。当然練習に関わる大人も減っていた。高校で野球を諦め、息子とキャッチボールくらいしかしていなかった俺でもコーチとしての需要があった。
俺がクラブの練習や試合に関わるようになった頃、監督の守原さんが今の指導方法を取り入れた。クラブには子どもの教育という面もあり、生活態度などについては叱ることもある。が、野球に関することでは絶対に叱らない。手探りでなんとか続けて来た甲斐があって、所属する子どもの数は二十五人に増えていた。
日々反省しながら子どもたちとの練習を行っていた。まだ午前中なのに汗だくだった。この日は仕事が休みで、妻を家に残し息子と二人で練習に参加した。妻は笑顔でそんな俺たちを見送ってくれていた。
俺は、三遊間をめがけてバットを振った。そのバットが飛ばしたボールは内野で落下し、そのまま遊撃手で五年生だった蔵本くんの股の間を転がっていった。俺の打った球の勢いが多少強かったかもしれないが、蔵本くんなら問題なくさばける打球だと思った。やはり暑さのせいだろうか。
「おおい、どうしたぁ。捕れる球だぞ」怒気を含まないよう意識して、俺は声をかけた。
「すみません。もう一球お願いします!」
「おしっ、その意気だ」
そう言って俺は球を打つ。さっきより弱く打つようなことはしなかったし、蔵本くんはきちんと球をグラブに収め、きれいに一塁手へと送球した。
「よし、合格」
「ありがとうございます」
守備練習が終わると子どもたちは木陰に集まり、水筒を傾け始めた。大人に許可をもらう必要はもちろんない。その光景だけでも、昔との違いは明らかだった。
練習の終わりが近付き、コーチを担っていない親たちがグラウンドに集まってきた。子どもたちのお迎えだ。近頃の夏は暑過ぎるので、エアコンの効いた車で帰るのも仕方がないのだろうが、自転車を並べ皆で帰った自分の少年時代をむしろ思い出していた。
「ありがとうございました」
「さようなら」
「お疲れさまでした」
大人と子どもの声が混じりあう中、一人の親が守原さんと話していることに気が付いた。あまりしゃべったことはないが、蔵本くんのお母さんだろう。顔の骨格と少し背を曲げた姿勢がそっくりだった。
ノックのことが頭をよぎるが、まさかあれでクレームがつくとは思えなかった。しかも蔵本くんは自分で「もう一球お願いします」と言ったのだ。だが、今の世の中はそんなに甘くない。蔵本親子はドイツ製の白い車でグラウンドを去っていったが、それを見送るが早いか、守原さんが俺を手招きした。
「お疲れ様です。いやあ、蔵本の親、すごいな」
「え、あのノックの件で?」
「うん。結局それなのだけど、この夏でクラブを辞めるっていう話だった」
俺はまさか、と思った。蔵本くんは野球が好きで練習熱心な子だった。
「まあ、あれだよ。お受験。蔵本さんとこ、お父さんは確かいいとこの会社員だろ」
「ああ、確かに」そう言いながらも俺は合点がいかなかった。
「本人はやりたそうだからと思っていたけれど、そうやって人より多く練習させるのならこの機会に、という話だった」
「そんな……。今さっき子供からちょっと話を聞いただけでしょうに」
守原さんも肩を落として話を続けた。
「まあ多分、機会を窺っていたのだろうな。母親としては何か理由をつけたい」
「すみません、僕のせいで」
俺もどうしていいいか分からずに答えた。
「連鎖反応が出ちゃうと、また人数がヤバくなるからね。気を付けていきましょう」
その晩、俺は妻にこの話をした。もちろん息子には聞かれないように気をつかった。
「凄い母親ね。褒め過ぎの弊害という面もあるかもね」
少し間を置いて、妻は真顔で続けた。
「でもね、私もいなくなっちゃうよ。もっと褒めてくれないと」
(了)