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第40回「小説でもどうぞ」佳作 演技 久野しづ

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第40回結果発表
課 題

演技

※応募数317編
演技 
久野しづ

 発端は大学を留年したからだ。それを機に実家からの仕送りが途絶えた。そもそも留年したのは、バイトや遊びを優先していたのだから己が悪い。しかし、それに伴って彼女との仲に亀裂が入り、愛想をつかされたのも、店のオーナーとケンカになってバイトをクビになったのも、不運としか思えない。それが二十二歳の海斗の言い分――ルックスも悪いわけじゃない。当座のお金さえあれば女はよってくるし、バイトもすぐ見つかるさ。
 突然、インターホンが来客を告げた。
 どうする――海斗はもはや生活費さえなかった。その金欲しさに、この家に空き巣に入っていた。
 玄関のドアが開く音が聞こえた。
「ごめんくださーい」
 誰かが呼ぶ声がする。
 この家の住人が出かける際、ドアの施錠を忘れたことをいいことに、留守宅に侵入した。どうしよう、どうしよう、右往左往する。
 続けてさらに大きな声が聞こえてきた。
「どなたかいませんかー。警察です」
 警察……海斗は静止した。鍵をかけておかなかったことを後悔する。どうする――。
「なんですか、お巡りさん」
 海斗は玄関に出た。とっさに、この家の関係者になることにしたのである。
「洋君の友達かな」
 目の前ののんびりした定年間近そうな制服警官がきく。ここの家族のことをよく知っている顔なじみらしい。
「洋に頼まれて留守番しているんです。すぐ帰ってくると思います」
 よくもまあ、スラスラとデタラメが言えるものだと己に感心する。
「そうか。でもドアの鍵はかけておかないといけないよ」
「はい」
 温和そうな警官はすぐ帰ってくれると思った。ところがのらりくらりといろいろ聞いてくる。
「洋君とは学校の友達?」
 洋が高校生なのか、大学生なのか、あるいは専門学校生なのか当然海斗は知らない。学校の友達だというのは危険な気がした。
「いえ、バイト先で知り合って」
「なんのバイト?」
 尋問されているのだと悟った。うまく洋の友人を演じきれるだろうか。
「飲食店です」
「どこの店?」
「焼肉のチカラです」
 思わず、実際海斗が働いたことのかる店の名前を口にしてしまった。それが、海斗の身元をたどる手がかりになりはしないか。みぞおちに嫌な汗が流れる。
「筋がいい」
 さっきまでの田舎の警官が妙に鋭い目つきになり、悪そうな表情を見せた。
 どういうことだ。何を言っているのだ。何を俺は褒められているのだ。海斗はうろたえた。
「もっと見入りのいい仕事を紹介してやるよ」
 警官がこんなことを言うはずがない。大体、空き巣犯だとバレているのか。その上で仕事を紹介してやるということは……。
 警官ではなさそうな男はスマホを取り出し、電話をかけ始めた。
「身柄は確保した」
 そう言ってから、海斗に向けて、
「安心しろ、本物のサツじゃない」
 どうやら、俺はパンドラの箱を開けてしまったようだ。闇バイトに引き込まれて、もっと危ない仕事をやらされるのだ。海斗は頭を抱えた。
 すると、男はまたのんびりした口調になった。
「なんてことになったら、どうするんだ? 組織から抜け出せなくなるぞ。はい、警察手帳」
 警官ではないといった男は、実は本物の警察だった。
「ここの息子さんは新君ていってね、まだ、中学生なんだ」
 もうその時点でバレていたのか。だけど、こう言ってはなんだが、本物のお巡りでよかった。素直に安堵し、観念した。
(了)