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第40回「小説でもどうぞ」佳作 下手なうそ 岡本武士

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第40回結果発表
課 題

演技

※応募数317編
下手なうそ 
岡本武士

「あなた、うそが下手ね」
 臨場感たっぷりに、身振り手振りで説明する僕を見て、彼女がそうつぶやいた。
「信じられない?」
「そうは言っていないわ」
「うそが下手ってことは、僕の言っていることがうそだってことだよね?」
「信じているわよ。ただ、演技が下手だってこと」
 彼女は僕の浮気を疑っている。
 昨日の夜、どこにいたのかと聞いてきたので、軽く飲んだ帰りに職務質問されたことを説明していた。
 夜の十一時くらい、まだ終電までは時間があるけれども、酔い覚ましにコーヒーを飲もうとコンビニに入った後の出来事だった。
「職務質問されたんだよ。生まれて初めて」
「出たところでいきなり目の前に立たれたのよね。ガタイのいい男の人に」
 僕は頷く。
「そう。こうコーヒーを持つ僕の前に、きれいに立ち塞がるように現れたんだ」
「それから、ちょっといいかな? って言われたのよね」
 僕はまた頷く。
「それから警察手帳を見せて……」
「名前は何かなって聞かれた」
 激しく頷く。
「うまいね。そう、そんな低い声で」
「あなたもやってみて」
「……名前は何かな?」
 彼女が首を傾げる。
「疑問符?」
「疑問符って、どういうこと?」
「あなたの言い方だと、最後に疑問符がついているのよ。そんな言い方するかな?」
「何か違いがある?」
 彼女は少し考えて、
「だって、もう確証をもって聞いてきているんでしょ? じゃあ、疑問符はおかしいと思うのよ。それが経験した人の言葉とは思えないのよ」
「だから……、僕はうそをついているって言うのかい?」
 彼女がまた少し考える。
「んー、なんて言うのかな。下手なうそって言うじゃない? 下手なうそに聞こえるのよ。それだけにそんな演技するほどの下手なうそはつかないと思うの。だからうそだとそれは下手ねって言えばよかったのよね」
 僕は考え込む。
「つまり……、演技が下手で……」
「うそをつくならもっとうそをつくための練習をすると思うのよ。演技にもね。それがないので、下手なままなので、信じられるのよ。そういうこと」
「下手で、良かったのかな?」
「仕事的には致命的よね」
「う……」
 痛いところをつく。
「本当の臨場感って、なかなか出せないのよね。経験がないならば特に。それでどうなったの? 職務質問は」
 僕は一つ咳払いして、彼女に向き直った。
「身分証は、ある?」
「また疑問符?」
 僕はさらに大きな咳ばらいをした。
「ん、んんっ。身分証を……」
 だしてみて、と言いかけて、また最後に疑問符が付きそうになってやめてしまった。そのせいで、言葉がどうも尻切れトンボになってしまっていた。
 もちろん、彼女は聞き逃さない。
「終わり? そんなまだ何か言いたげな感じだったの?」
「……たぶん」
 言葉が弱くなってしまうのは、その時の気持ちや気分がどうも思い出せないからだった。
 追いつめられて焦っているだけの自分。何も悪いことをしていないので、警察に目の前に立たれていると、ちょっとパニックになってしまうようだった。
 彼女がニコリとほほ笑む。
「大丈夫よ。むしろテキパキしている方が、よっぽどうそっぽくなくて、信じていなかったわよ」
 彼女が悪戯っぽい表情を浮かべて僕に近づいて、僕を抱きしめる。
 ああ、下手なうそをつく演技の練習をしていて、本当に良かった。
(了)