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第40回「小説でもどうぞ」佳作 適役 菩提蜜多子

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第40回結果発表
課 題

演技

※応募数317編
適役 
菩提蜜多子

 仲間内で最もチャラいと評判のA子から、聞きなれない劇団の公演チケットを受け取った。
 A子はそこのうだつのあがらない監督と半年ほど付き合っている。その彼と一度会ったことがあるが、サングラスをしたオシャレ髭に、肩からピンクのカーディガンを垂らしているような男だった。名前ももう覚えていない。
 劇のタイトルは「足の裏で耕す」脚本は須賀ピョン太。
 脚本家の本名は菅井四太。小さな劇団の常で、役者も裏方も兼ねている。本人曰く、四兄弟の末っ子で、菅井ファミリーからは何の期待もせず伸び伸び生きてきた二十七歳。
 そしてなぜ私がこのピョン太について詳しいかというと、彼は今私の家に居候をしているからである。
 三十代も半ばに差し掛かり、独身OLも板についてきた今日この頃。そんなスペックの私が、ヒモをしないかとスカウトしたわけでは、もちろんない。
「足の裏で耕す」のストーリーが思いのほか面白かったのである。
 私の所属する会社の編集部では、アマチュア脚本のコンテストも開催している。私も下読みから回ってきた作品を読むことがある。応募数はそこそこあるが、ここ数年は、私にはこれだと思える作品がなかった。それでも刺さる審査員には刺さるもので、毎年受賞者はでる。しかし書き続ける人は多くない。
 ピョン太は、しがない劇団の脚本家として、ありとあらゆる脚本を書いてきた。幸か不幸かこの歳になるまで、売れない劇団員をしていたため、経験値だけは目を見張るものがある。彼は高校一年のときに、主役に抜擢されてから、取り憑かれたようになったという。
「シモ関係に節操のない農夫の役だったんですが、見事にはまったんです」
 劇が終わってから脚本を褒めたら、ピョン太が嬉しそうについてきた。そしてその内容に関する様々なエピソードを私に開帳し始め、それは私のマンションに着いても終わらなかった。
「お邪魔します」
 入ってもいいという許可を得る前に、ピョン太が靴を脱ぎ始めたので、私はごく自然に丸めた脚本で彼の後頭部をはたいた。それは非常に小気味いい音を立てて、彼が「あた」と言ったので、私は笑った。それを、許可と勘違いしたピョン太が白い八重歯をむき出して笑い、するりと部屋に入ってしまった。
 そのこなれた図々しさは、半年前に部屋で死んだ私の黒猫みたいで、久しぶりにあの感情を思い出した。愛嬌だけで何もかも許して貰って当たり前と、信じて疑わない者たちの持つ強さに対する脅威と憧れ。そして少しの嫉妬。
 ピョン太は飼い猫の代わりにするにはあまりにも便利だった。
 彼は私が出かけるときには、暖かな毛布に包まったまま「いってらっしゃい」と私を見送った。私が帰った時には、夕ご飯が出来上がっていた。それがすむと彼は後片付けをし、私のマッサージまで引き受けた。
 マッサージまでするのはヒモとしてトゥーマッチだろと思ったが、私が何よりありがたかったのは、彼が揉みながら会社の話をよく聞いてくれたからである。
 今どんな仕事をしているのか、どんな物語が主流なのか。売れる小説の傾向や、ドラマ化しやすい脚本の内容など、彼は聞きたがった。
 仕事に対して貪欲な男はとても好ましいものだが、彼の場合はどれだけ優れた脚本を書いたところで、収入に結びつかないのである。コンテストに出してみろとアドバイスをしても彼は、そんな実力などないと尻込みした。
「おれはね、地下でこそ輝く男なのだよね。目立たないところでかっこよく生きているというような状況が好きなの」
 その結果がヒモかよというと彼は大口を開けて笑った。その顔は八重歯が丸出しで、ここにいたあの猫のあくびをした顔にそっくりだった。
 A子があの監督Xと別れたようだという話がどこからか聞こえてきた頃、ピョン太があまり家にいなくなった。不思議なことに、私はなんとなくそれに勘づき、A子に連絡すると彼はやはりそこにいた。彼があまり悪びれた感じじゃなかったことに私は安堵した。猫はそういったものでなければならない。
 もともとそういう気質を持つA子に、納得して付き合いを続けていた私は、クレームをつける筋合いはない。ただ少し惜しいなと思う。惜しいのは、ピョン太に対してなのか、ピョン太の才能に対してなのかは分からない。
 願わくは、彼が今までのように、好きなことをこれからも伸び伸びと続けていってくれますよう。あの自由気ままで楽天的な性格が変わりませんよう。
 ただ私が家に帰った時、起きたままの毛布に包まって、冷たくなっていたあの黒猫みたいな別れじゃなかったことが、私は少し嬉しかった。
 A子の付き合っていた監督は、これまでの彼女の歴代彼氏のように精神を病み、故郷へ帰ってしまったという噂だけで、行方は杳として知れない。
(了)