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第40回「小説でもどうぞ」選外佳作 職業:俳優、以上。 天竜川駒

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第40回結果発表
課 題

演技

※応募数317編
選外佳作 

職業:俳優、以上。 
天竜川駒

 俺は、俳優という職業に命を懸けている。俳優として、俳優という人生を生き、俳優のまま板の上で死ねれば本望とさえ思っている。
 世の中に、俳優という肩書きを名乗っている俳優は数多く存在すれど、ここまで俳優にこだわりを持ち続けている俳優が果たして他にいるだろうか。答えはノーだ。その意味でも、俺は俳優として唯一無二の存在と言える。
 俺は十六で高校を中退し、俳優を目指して鞄一つで上京した。そしてその足で某大物俳優の主宰する劇団に入り、「演劇研究生」から自身の俳優人生は始まった。
 下積みの数年間は端役ばかりだったが、やがて中心人物にも配役されるようになり、そうこうしているうち、ある日偶然観劇に来ていた某業界プロデューサーの目に留まり、運良く映画出演が決まった。そしてこれを契機に、俺はとんとん拍子にスター街道を突き進むことになる。
 それまでスクリーンやテレビ画面でしか観たことのなかった俳優たちと肩を並べることが日常となり、俺は瞬く間に押しも押されぬ売れっ子俳優となっていった。
 通常であれば、このように富と名声を手にした途端に堕落するものなのだろうが、俺の場合は違う。常に役を求めて貪欲だった駆け出しの頃の気持ちを忘れず、たとえどんな汚れ役が来たとしても、全身全霊でその役に向き合い没頭した。なぜなら、俳優という職業は常に真剣勝負だからだ。一見どんなに器用に演じていても、客に演技だと思われた時点で、もうその演技は演技としては失格なのである。
 だから俺は、一つの役を演じるにあたって一切の妥協を許さない。故に、これまで面倒臭い奴だと疎んじられ、周囲と対立することも数多くあった。
 例えば、かつてこんなことがあった。
「百一年の恋」というドラマで人妻と不倫する男を演じた際には、実際に相手女優に惚れ込んでしまい、遂には男女の仲にまで発展してしまった。しかも、その不倫が彼女の夫にばれてしまい、先方との話し合いの場は刃傷沙汰の修羅場と化したほどだ。幸い、撮影のクランクアップと同時に俺は現実世界に戻ることが出来たため、それっきりその女優に近付くことはなくなったが、彼女の方がその後もなかなか切れてくれなくて困ったものである。
 また、「修羅の巷」という映画で極道の若頭を演じた際には、実際に背中一面に龍の彫り物をした。ペイントではなく、正真正銘の紋紋を入れることで、俺は身も心も極道になることを決心したのだ。そしてその延長線で、夜の街ではその筋の者とも随分と揉めた。危うくコンクリートブロックで頭をかち割られそうになったり、日本刀で片腕を落とされそうにもなったりした。しかし、クランクアップすればもう元の堅気である。俺はきっぱりその世界から足を洗ったが、当然背中の龍は洗い落とせない。このままでは今後の役に影響しかねないと、自身の肉体の他部位から皮膚を移植し、どうにか墨を消した。
 それから、「掘りつ掘られつ」という映画でゲイを演じた際には、それこそ毎晩新宿二丁目に出入りしては、文字通り掘ったり掘られたりしたものだ。おかげで、以降すっかり肛門括約筋がゆるんでしまい、今では便意を五分と我慢出来なくなってしまった。撮影の途中でも、催すとすぐにトイレに駆け込むため、監督と喧嘩になることもしばしばだ。
 しかし、それらの悶着も全ては作品のため。ただ良い物を創りたい——俺にとっては、まさしくその一心によるものでしかないのだ。
 そんな俺の俳優人生にも、やがて転機が訪れる。
「仇討ち! 白刃一閃」という舞台に主演した際のことだ。俺はクライマックスの殺陣シーンに、よりリアルな緊迫感を醸し出すため、小道具の模擬刀は全て真剣に替えろと演出家に直訴した。結果その案が通ったわけだが、千秋楽の最終公演の際、つい武士としての血がたぎってしまい、複数の俳優を実際に斬りつけてしまったのだ。その結果、当然だが命を落とす者もあり、俺は一夜にして人気俳優から殺人犯へと転落してしまったのだった。
 かように、長年俳優をやっていると、ときどき今自分が役を演じているのか、それとも素の自分なのかの見境がつかなくなる時がある。逆に言えば、それほどまでに俺は俳優という職業に情熱を注いできたつもりだ。
 さて、ところで今、俺は何の役を演じているのだろう……。

 刑務官が俺の独居房の前で足を止めたのは、わずか十数分前のことだった。俺はその後刑場へと連行され、しつらえられた祭壇の前で祈りを捧げると、目隠しをされ絨毯敷きの部屋へ通された。
 俺は刑務官に止まれと言われるまで部屋の中を歩いていき、やがて立ち止まると彼らに促されるまま縄状の物に自身の首を乗せた。いよいよ刑が執行される——。
 俺は俳優という職業に命を懸けている。俳優として、俳優という人生を生き、俳優のまま板の上で死ねれば本望だ。いや、足下のこの板は、もうじき抜けてなくなるんだったな。
 残念だよ。俳優として、「板の上」で死ねないのは……。
(了)