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第40回「小説でもどうぞ」選外佳作 やさしい嘘 獏太郎

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第40回結果発表
課 題

演技

※応募数317編
選外佳作 

やさしい嘘 
ばく太郎

 過疎化が進む中、高齢者がどんどん移住してくる村がある。すでに住んでいる村民はなぜか、若者が多い。
 トキが娘に連れられて村にやって来たのは、春だった。トキはキョロキョロしている。
「ウチが育ったとこって、こんなんやったかな?」
「小さい時とは、随分変わったかもね」
「知ってる人、いてるんかな?」
「お亡くなりになってる方もいてるやろね」
 そんなことを言っていると、向こうから若い女性が駆けて来た。
「トキさんですか~。隣に住んでるハナと申します~」
 息を切らせながら、ハナは頭を下げた。トキの幼馴染みの孫だという。
「母をよろしくお願いします」
「はいっ!」
 トキが娘の顔を覗き込む。
「帰るん?」
「一旦な。まだ荷物送らなぁあかんしな」
 娘はそう言い残して、村民が用意した車に乗り込んで、そそくさと村をあとにした。
 ハナがトキの荷物を持った。
「まだトキさんが生まれた家、ありますよ」
「いや~そうなんや!」
 行きましょうか、と言うとハナは歩き始めた。その後を、トキがついて来る。時々ハナは、振り返りながらトキの姿を確認した。
 トキの生家は、茅葺屋根が特徴的な家だった。その横に、申し訳なさそうに建っているのが、ハナの家だという。トキが大阪で使っていた家具は、大半が搬入済みで、村民がセッティングしていた。すぐに生活が出来るよう、整っている。ハナはトキの荷物を置いて、
「ちょいちょい様子を見に来ますね」
 笑顔を浮かべて言った。
「いつでも来てね」
 ハナは、笑顔でトキの家を去った。
 トキが移り住んで、ひと月が過ぎた。
 今日もハナのために、ご飯を作ろうと台所へ向かった。娘からの連絡は一切ない。
 ある日、トキは自宅の縁側で昼寝をしていた。横には、ハナがいる。静かに寝息をたてるトキを見ながら、ハナは独り言のように言葉を吐き出した。
「トキさん、ごめんね。ウチら、嘘ついてるねん。ここはトキさんの故郷やないねん。廃村全体が高齢者施設やねん。ウチら、介護スタッフやねん。みんなで、それぞれの役を演じてるねん。つまりは、みんなを騙してるねん。ごめんね……」
 突如、トキが起き上がった。ハナが「うぉっ!」と叫んだ。
「ハナちゃん、ごめんね。ウチ、嘘って知っててん。ウチの故郷はダムの底やねん。廃村を使った高齢者施設があるって知って、娘にここへ申し込ませるように一芝居打ってん。ウチ、認知症が進んできた高齢者の役を演じてるねん。つまりは、娘を騙してるねん。ごめんね……」
「……トキさん」
 トキの娘は、義母の介護に追われていた。もし、自分も介護が必要になったら。娘が潰れないように、トキは先手を打った。ここなら、ゆったりとした時間を過ごせる。娘には、生まれ育ったこの村に帰りたい、と折に触れて言って来た。そして認知症が進んだように芝居を打つと、娘はこの廃村への移住を急いだ。
 トキは縁側から、空を見上げた。
「ここの空は、大きいね」
 横でハナも「うん」と言って空を見上げた。
「都会の空は、小さくて苦しそうや。都会の人は、心が苦しい時は、空を見上げても気分が晴れへんね」
「だからウチも、ここに来ました。都会の施設ではなく、広い空の下の施設で働きたいと思って」
 トキが、背伸びをした。
「あ~もう演じる必要はないね。はぁ~楽になるわ」
「はい、ありのままでいて下さい」
 トキがハナの手に自分のそれを重ねた。
「ハナちゃんは、ウチの横にいて下さい」
「……はい」
 ふたりで、空を見上げた。
 あっ、と言ってハナは話題を変えた。
「トキさん、芝居を打つのが上手ですね。もしかして、女優さんですか?」
 トキは、ゆっくりと言った。
「ウチな、こう見えても、ハリウッド女優やねんで」
「えーっ、マジか~。そら、上手いわ!」
 うふふと、トキが笑った。
「〈やさしい嘘〉は、時には必要なんよ」
「そうですよね、必要ですよね」
(了)