公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第42回「小説でもどうぞ」佳作 神様からの手紙 田中ダイ

タグ
小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第42回結果発表
課 題

手紙

※応募数385編
神様からの手紙 
田中ダイ

「冬休み明けに、自分がもらったお手紙を持ってきましょう。みんなで見せ合います。年賀状でもいいですよ」
 カエル君がお手紙を受け取る物語の授業の後、田口先生は元気な声でそう言った。
 へ? 不意打ちでどつかれたような気分だった。手紙、ってあれだよな。お元気ですかとか書いてある、そんなもの、うちにはない。年賀状だってきっとこない。
 十二月に転校してきたせいで、友達もできずに二学期は終わっちゃったし、だいたいうちに住所があるのかどうかも怪しい。でも、見せられる手紙があったら、一人くらいは友達ができるのかな。
 年の瀬の北風にどんどん体温を奪われながら、帰り道で私は考えた。上履きや習字セットの詰まったランドセルに、思い気分をさらに重たくされながら。
「もう冬休みか。え、明日から?」
 私の大荷物とプリント類を見ながら父は唸った。職探しに飛び回っている疲れた顔だ。
「手紙を持ってきなさいって? 先生が?」
「うん。年賀状でもいいんだって」
 もしかしたら、母が年賀状をくれるかなと期待する目で私は父を見た。でも父は、ありえないよとでも言うように首を振る。
 そうかあ、やっぱり。がっかりよりも、やっぱり、だった。
 勝手に父を保証人にしてどこかへ消えてしまった母から、明けましておめでとうなんて賀状がここへくるはずないか。
 ここ、は父の遠縁だという一家の持ち物だった。広い敷地内の、かつて茶室だったあばら家に、父と私は住むことを許されたのだ。でも、そもそも玄関と呼べるものもないのだから、郵便受けなどあるはずもない。
 少し前までは、自宅に毎日のように手紙がきてたのになと私は思い出す。
 封筒に記された字はなんと読むのか、こっそりと辞書をめくった。そしてそれが、『とくそくじょうざいちゅう』と読むことのほかに、強烈なメッセージであることも知ってしまった。
 手紙は手紙でも、あんなものを学校に持ってったら、みんなドン引きしちゃうなきっと。想像したらもう苦笑するしかない。
 催促の日々に根負けし、父は私と最低限の荷物だけ持って、この見知らぬ土地にやってきたのだ。
 冬休みのあいだ、私は手紙がこないか、年明けに年賀状はくるかと気をもんでいた。教科書のカエル君のように、郵便受けを毎日何度ものぞき込んだ。といっても、入り口に引っかけた自作の赤い紙箱なのだが。
「だれかお手紙くれないかなあ。手紙の神様っていないのかな」
 気をきかせた父が、手紙をくれるかもと考えたが、すぐにあきらめた。スーパーの臨時パートに採用された父は、目いっぱいのシフトに忙殺されていたのだから。
 人が住むには奇妙な旧茶室の床の間で、私は産まれて初めて、たったひとりで紅白歌合戦を見た。父が売れ残りのおせちを持って帰宅したのは、第二部が始まった後だった。
「明日は午後からでいいんだ」
 父は旨そうに発泡酒を飲み、赤いかまぼこをつまんだ。私のコップには、濃いぶどうジュースをついでくれた。
 十二月がこれで終わる。明日からは新しい年の、新しい月だ。冬休みが終わったら、また学校へ行く……。
 気がつくと、テレビから蛍の光の大合唱が聞こえていた。もうこのまま布団にもぐり込んで寝てしまおうと考えていたときだった。
 家の外を大勢の人間が行きかう気配がし、やがてガランガランという鈴の音が聞こえてきた。私と父は顔を見合わせ、どちらともなく外出の支度をした。
 ぱちぱちと燃え上がる炎と、冷たい空気。厚いコートを着た人々が、大きな鳥居をくぐっていく。こんな近くに神社があったなんて、父も私もその瞬間まで知らなかった。
 なりゆきのままに参拝をすると、顔をあげた父があっとなにかを見つけた。私にさし示したのは、賽銭箱のとなりのおみくじの木箱だった。
「いいこと思いついた。これで年明けの持ち物はばっちりだぞ」
 父はポケットを探り、小銭を放り込んで私に一枚引くように言った。どうやら二人分のおみくじ代はなかったらしい。
「これを手紙ってことにすりゃあいい。まあ、言ってみりゃ神様からの手神だ」
 細くたたまれた白い紙を、そう言われて私は慎重に開いた。末吉、という文字が最初に見えた。それでも薄明るい照明の下で、私たちは一文字一文字に目を凝らした。
「なになに『病気』は良き医者を探し素直に忠告に従え、か。普通だな」
 父は茶化すようにそう言ったが、おみくじには他にも『商売』『恋愛』『旅』などと項目があり、父が一番気にしているのは『待ち人』だろうと私は思った。
 そこには「気長に音信を待て。いたずらに焦ることなかれ」とあった。
 父は困ったような、笑いたいようなおかしな表情をしたが、私は別のことを考えていた。
 二人で引いたおみくじだから、私にも当てはまるってことだよね、と。
 だったら、残念だけど私の待ち人はもう母じゃない、残念だけど。
 冬休み明け、このおみくじを学校へ持っていって、ドン引きせずにそれ面白いね、と言ってくれる子が私の探している待ち人なんだ、きっと。
(了)