第42回「小説でもどうぞ」佳作 母への手紙 くれおー樹


第42回結果発表
課 題
手紙
※応募数385編

くれおー
お母さん、お元気ですか。
大学楽しいです。最初の日に数百人が入る階段教室で新しく始まる講義の先生方のプレゼンテーションがありました。一番印象的だったのはフランス語の先生。皆教室の前の演台で話をするのですが、その先生だけは、真ん中の通路を教室の後ろの方まで、近くの学生に話しかけながら近づいて来るのでどきどきしました。講義では、振動学の先生は、難しい数式を何も見ずにどんどん黒板に書いていきます。歴史の先生は大体いつも興に乗ってきて講義時間を超えてしまうことが多いです。学食では定食が数種類あって好きなものを選んで食べることができるし、まずまずの味です。いつも誰かと一緒に食べてます。
クラブはテニスクラブに入りました。スポーツはあんまり得意じゃないけど、遠くからテニスボールを打ち合う姿を見て、私もやってみたくなりました。今は殆どボール拾いばかりで、その最後に打たせてもらえます。夏休みもなくずっと練習だそうで、今年は高浜の海水浴に行けるかどうか分かりません。
下宿生活も結構いけてます。下宿は、襖を隔てて隣が偶然同じ高校同期のS君でした。また近所にはこれも同じ中学高校の生徒会長もした同期のN君が下宿していました。晩になると彼は下から「おおいK」と大きな声で私を呼びます。彼を二階に上げて、三人で京間六畳の私の部屋で遅くまで講義の良い悪いの話とか時には人生論もたたかわせてます。階下に下宿のお婆さんが寝てはるので、あまりうるさいと京都弁で「もう
最近近くの北白川通り沿いに洋菓子店が開店しました。一度行ってみるかと行ってみたら下宿の若奥さんがそこの店員をしていて、あら、という感じで笑顔で迎えてくれました。シュークリームを一個買ったのですが、下宿に帰って箱を開けたらもう一つ頼んでない苺のショートケーキも入っててびっくり。おいしく頂きました。
学生向けの定食屋さんも銭湯も近くにあるので、食事もお風呂もご心配なく。定食屋さんではチキン南蛮(タルタルソースのついたチキンカツ)が一番のお気に入りです。あんまり脂っこいものばかり食べてないで、というので焼きサバ定食とかも頼んでます。どちらもキャベツの千切り、味噌汁付きです。「王将」も割と近くにあって、麻婆豆腐とか回鍋肉とかの定食にして、ラーメンばかり注文しないようにしてます。定食屋さんの叔母さんも、パンとかよく買う近くの菓子屋のお兄さんも、私が田舎から出て来たばかりって分かるのか、皆親戚みたいに話しかけてくれます。
休みの日には、買ってもらった自転車で、哲学の道を南禅寺まで行ったり、下鴨神社と
S君N君とは、夏にどっか旅行行こうかって話してます。少しお金かかるけど寝台列車で九州とか東北もいいよね、とか話が膨らんでます。その資金作りもあって家庭教師しようか、と思ってます。求人の張り紙見てたら近くで結構ありそうです。
寝台列車と言えば、お父さんが羽田から海外出張するというので、私が小学生低学年の頃、寝台で東京まで連れってくれましたね。間仕切りされた寝室の中にある寝台ってちょっと映画のセットみたいで浮き浮きしました。寝台にお座りして、次々と変わる窓から景色を見てたら、ほら月が見えるって、上の方を指差してくれましたね。澄み切った光を放つ月が浮かんでいたのを今でも思い出します。でもいつか眠ってしまったみたいで、上野駅に着く少し前にお母さんに起こされたりとか懐かしいです。
もう庭のツツジが咲いているのではないでしょうか。ゆっくり眺めてお過ごしください。
お姉さんへ
もうそろそろ母の三回忌ですね。大学に入っていろいろのことを母に伝えたくなって、こんな手紙を書いてみました。初めての一人住まいに母だったらこんなこと気になるのでは、ということも含めて。仏前にでもしばらく置いてもらえたらと思います。羊羹とか送ってということではありませんので気にされませんよう。こちらでも買えます。では、お元気で。
(了)