公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第42回「小説でもどうぞ」佳作 二通の手紙 ゆうぞう

タグ
小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第42回結果発表
課 題

手紙

※応募数385編
二通の手紙 
ゆうぞう

 海人さんと付き合って二年。そろそろ結婚したいと思っているんだけど、私からは言い出せない。あの人の口から言ってほしい。
 でもあの人は内気。おまけにお酒があまり飲めない。私は両親とも酒豪なので潰れたことは一度もない。私も両親と同様明るい酒なんだけど、海人さんの前で失敗したくないので、いつも飲む量は加減している。
 今日は二〇二四年十月一日。海人さんが高級レストランを予約してくれたので、記念すべき日になるかも。ついにその日が来たかと期待した。
 予約の七時ぴったりに私は着いた。火曜日なので、レストランはそれほど混んでいない。いい雰囲気。なのに、海人さんから、お客さんとのトラブルで遅くなるというラインが入った。
 やっと海人さんが来たのが、七時半。ウエイターお勧めのワインで乾杯。会話は海人さんの愚痴から始まった。『会社を出ようとしたら、納品したばかりの検査機器の反応が悪いと電話があり、僕が対応させられたんだ。やっと調整し終えたら、上司から会社に戻れと呼び出された。ついていない日だったよ』とひとしきりこぼした。ちょっと予想と違う展開。
 明るい話題にしたくって、クリーミーナッツのクリスマスコンサートに行こうと誘った。海人さんは渋った。去年、コンサート当日になって突然仕事を命じられて行けなかったことが、トラウマになっている。あんなにチケット予約で苦労したのに、一万円がパーになったので無理もない。だからこそ、今年は二人で行きたいと私が押して、うんと言わせた。
 あれっ、肝心の話が出ないままディナーが終わろうとしている。私はあわててムードをそっちにもって行ったが、反応がない。
 あーあ、今日もなかったか。
 ところが、新宿駅で別れるとき、手応えがあった。
「ゆうかさん、僕は口下手だから手紙を書いてきたんだ。今は読まないで。必ずマンションに帰ってから読んでください。返事を待ってます」
 私の手に手紙を押し付けて、そそくさと山手線のホームに行ってしまった。
 仕方がない海人さん。私は苦笑して小田急に乗った。
 もちろん電車の中では読まない。楽しみは後に取っておかなくては。
 最寄り駅で降りて、コンビニに寄った。缶チューハイを二本買う。あれきしのワインでは物足りない。
 マンションに着いて、郵便受けを覗く。故郷の北海道に住む友達の芽衣からの手紙だ。へー、珍しいこともあるものだ。
 軽くシャワーを浴びて、まず海人さんの手紙を開けた。
 予想通りプロポーズだった。気の利かないやつ。直接口で言ってほしかったのに。けど、内気な海人さんだから仕方がない。
 海人さん、ありがとう、と声に出して、缶チューハイで乾杯。あー、美味しい。
 続いて、芽衣の手紙を読む。
 えーっ、あの芽衣が男に騙されて貯金をすべて盗られてしまったなんて。『今のマンションの家賃を払い続けられないので転居したい。ついては転居費用として五十万貸してほしい。恥ずかしくて親には言えない。親友のあなただけしか頼めない』だって。昔はあんなに堅実な子だったのに。
 いい気分が台なしになった。もう一本缶チューハイを開けよう。
 さあ、気分が良くなったところで、海人さんに返事を書かなくちゃ。
 待てよ。芽衣への断りの手紙も書かなくちゃ。どちらから書こうか? 書きにくい芽衣への手紙から書こうっと。パソコンを開いた。
『お手紙読みました。お気持ちはよくわかりました。でも、一時的な感情で行動すると、きっと後悔することになると思います。友情にひびが入るといけないので、あなたのお願いをお断りします。ご期待に添うことができず、誠に申し訳ありません。どうぞお元気で』
 さあ、次は海人さん。いつもぶっきらぼうなメールしか書かない私がちゃんとした手紙を書いたら、点数が上がるかな。
『お手紙読みました。よくぞ打ち明けてくださいました。私は喜びでいっぱいです。これからの人生、厳しいことも多々あるでしょうが、手を携えて歩んで行きたいと思います。あなたのお願いはもちろん受け入れさせていただきます。このお返事が届いたらお電話ください。すぐに詳細を打ち合わせましょう』
 急いで封筒に入れて、床に就いた。夢まで楽しい夢だった。
 翌水曜日の朝、都内の会社の近くで投函した。私のマンションは神奈川県なので、少しでも早く着いてほしい。
 だけど、金曜日も土曜日も、海人さんからは電話がない。海人さんは都内だから、木曜日には着いているはずなのに。
 日曜日も電話がない。さすがに心配になった。なぜ手紙が着いても電話がないのか?
 そのとき、ふと思い出した。私、あの火曜日、酔っぱらっていた。ひょっとして海人さんと芽衣の手紙をあべこべに封筒に入れたのでは……。いや、それなら文面がおかしいと二人から電話があるはず。
 パソコンに残っていた二通の下書きを読んでみた。
 芽衣宛ての断りの手紙を海人さんに送り、海人さん宛ての承諾の手紙を芽衣に送ったとしても、意味が通じてしまう! やってしまった!
 海人さんに電話しなくちゃ。でも、どう言うの? 酔っぱらって、友だちへの借金を断る手紙とあなたのプロポーズへの返事を間違えましたなんて言えやしない……。
 月曜日、気持ちがどん底の状態でマンションに帰って来た。郵便受けを開けた。
 そこには付箋の付いた二通の手紙があった。付箋には、『料金不足につき返却します』と書いてある。
 十月から郵便料金が値上がりになったのを忘れていた! 助かったあ!
(了)