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第42回「小説でもどうぞ」佳作 古びた手紙 神田創太郎

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第42回結果発表
課 題

手紙

※応募数385編
古びた手紙 
神田創太郎

 その日は寒かった。
 冬だから当然とは言っても、ビルの間を吹き抜ける風は勢いがあり、コートを通して体温を確かに奪っていく。
 会社からの帰り道は同じように帰る人たちでごった返しており、喧噪に包まれている。ふと周囲に視線を送ると、とある路地に目がいった。
 一般的な路地と同じようにエアコンの室外機や排水管が壁を覆っていることには変わりないが、他の路地とは異なり、なぜかそこに入らなければいけないような、何か人を惹きつけるようなオーラをその路地は放っていた。
「まあいつもと同じ道を通っても味気ないし、もう今日は予定ないからここを通ってみるか」
 路地は街灯で照らされている大通りとは違い、奥まで薄闇が広がっている。窓からの光が唯一の光源だ。奥へ進むほど窓からの光も減っていき、私はスマートフォンのバックライトを頼りに進んでいった。
 いつまで経っても別の道に繋がらないため、もう今日はやめて引き返そうとして振り返ると、そこには大きな本棚があった。見間違いかと思い見回すと、周囲は本棚に覆われている。自分はどうやら高さ三メートルほどの本棚の間に立っているようだ。
 天井は高く、三階建ての建物と同じぐらいありそうだ。照明は見たところどこにもないのに、心地よい明るさに保たれている。見たところ私の近くの本棚には五十年ほど昔の自然科学の本が収められているようだ。それらは時間の経過がないかのように新品さながらの状態だった。スマートフォンを確認してみたが、電波は繋がらず、電話もコール音をむなしく響かせるだけだ。
「仕方ない、ここがどこかはわからないが、取り敢えず出口を探してみるか」
 出口を求めて歩き始める。床に踵がぶつかる音を聴きながら歩いていくと、曲がり角で一人の少年にぶつかり、彼の持っていた本がその拍子に散らばってしまった。
 少年はまるで明治時代のような和服に身を包み、大きなレンズの丸眼鏡をしていた。歳は十三歳ほど。まるで運動をしたことがないような華奢な体つきと色白の肌をしていた。
「すみません、大丈夫ですか?っていうか、貴方誰ですか?」
「それはこっちのセリフです。私はしがないサラリーマンで、家に帰る途中でここに来てしまいました。ここは一体なんなんですか?」
「ここは図書館、忘れられた本が流れ着く最後の場所です。そして私はここの司書として本の管理を行っています。ところで貴方は何故此処に居るのですか? ここには私が許可した人しか入れないはずなのですが」
「許可した人しか入れないなんて言われても、会社から家に帰っていたらここに着いてたんだ」
「それは困りましたね。この図書館は基本的に人間界から断絶されているので出口がないんですよ」
「でも許可された人は帰れるんだろう? その人たちはどうやって帰ってるんだ?」
「他の人は基本的に情報や知識を求めてここに来て、目的のものが見つかったら自動的に元の場所に帰る仕組みなんですが、目的もなしに偶然来てしまったとなるとどうすればいいのかさっぱりです。まあ、ここにいる間は睡眠欲、食欲は発生しないのでそのあたりはご心配なく。帰る方法は私が探しますけど、暇でしょうからここにある本は自由に読んでもらって構いません」
 確かに何もすることがなかったので私は図書館を回り始めた。人間界から切り離されているだけあり、図書館は地平線の奥まで続いている。私の近くの本棚はどうやら学校関連の本が収められているようだ。小学校の時に読んだ覚えのある絵本や、ボロボロのノートなどが本棚にぎっしりと詰められている。そのうち私はとある本棚に目を留めた。なぜ目を留めたのかは私にもわからなかった。しかし、私の目を引くものが確かにそこにはあった。
「ここは教科書のコーナーか。懐かしいな。俺が小学校で使ってた教科書もあるじゃないか」
 私は自分が使っていた教科書を手に取って開いた。ちょうど開いたページには古びた紙が畳まれて挟まっていた。
「未来の僕へ、元気ですか。なにか大きい病気にかかってはいませんか。こちらは元気です。僕の今の将来の夢は昆虫学者ですが、なれましたか。なれていることを祈っています」
 その手紙の最後には私の名前が拙い字で書いてあった。それは確かに私の字だった。私の目からは知らず知らずのうちに涙が流れていた。
「タイムカプセルに入れたきり、今まで取り出すことを忘れていた。そうか、これがきっと俺が欲しがっていた『情報』なんだろうなぁ」
 涙を拭い、顔を上げると、ついさっきまでいた路地に戻っていた。
 大通りに人通りは少なくなっており、北風は依然冷たいままだが、コートの内側には確かに暖かいものを感じた。
「昆虫図鑑でも買っていくかな」
 私は近くの書店について考え始めた。
(了)