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第42回「小説でもどうぞ」佳作 最後のメッセージ Y助

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第42回結果発表
課 題

手紙

※応募数385編
最後のメッセージ 
Y助

 明るく清潔な廊下を、夫が残した荷物を抱え歩いた。まだ、六十五歳。少々早すぎるその幕引きに、誠心誠意寄り添ってくれた看護師さんたちに、一言お礼を伝えるのがその目的だった。
 お世辞にも、褒められた人ではなかった。とりわけ女癖の悪さは特筆もので、年がら年中トラブルを起こしては、私を悩ませていた。節操なく女の尻を追いかけてみたり、質の悪い女に手を出して、多額の金を騙し取られてみたり。きっと、死ぬまでそんなことを続けるのだろうと、諦めてはいたのだが……。我がままで、自由奔放で、すぐに短気を起こし。看護師さんたちも、さぞ手を焼いたことだろう。
 しかし、それでもどこか、憎めないところがあって。思いつくと私の好きな大福を、わざわざ遠くの方まで買いに行ってくれたりして。長年連れ添ってこられたのは、そんな無垢な優しさに、癒やされていたからなのかもしれない。
 こぼれ落ちそうになる涙をこらえながら、看護師さんたちの下へと向かった。仕事を理由に、ろくに見舞いもしなかったこと、看病を任せっきりにしてしまった非礼を詫びるつもりでいた。中でも夫に気に入られ、最後まで付き添ってくれた看護師さんには、丁寧に感謝の言葉を伝えようと思っていた。
 まだ、三十代半ばだろうか。丸顔で笑うとえくぼの可愛い、色白の看護師さんがその人だった。小さな身体で元気よく動き回るその姿は、まるで子犬のように愛らしく見えた。なるほど、この人なら夫に可愛がられるのにも納得がいく。私の夫は、この人に看取られ旅立ったのだ。
 私はその看護師さんに向かい、心からのお礼を口にした。忙しい中、笑顔でそれに応じ、さらに、私を気遣ってもくれた彼女。ふと、なにかを思い出したのだろうか。その場に私を待たせ、小走りにどこかへと駆けて行った。そして、数分後。白い封筒を手に戻ってくると、それを私の方へと差し出した。
「あの、これなんですけど……」
 なんでも生前、夫が書き残したものらしい。受け取ってくれと頼まれ手渡されたものの、どう処分したものか、決めかねていたとのこと。中にはメモ書きとも思えるような、いくつもの短い文章が綴られた、一枚の便箋が入っていた。
「なんど読み返しても、意味が分からなくって。もしかして、ご家族の方ならって思ったんですけど」
 そう言われ、取りあえず目を通してみることに……。
〈ちゃんとしたって、所詮この程度。 2〉
〈いつの日か、分かるかもしれない。 6〉
〈さりげなく、襟を正してみた。 1〉
〈あれは、なんのためだったのか。 5〉
〈しかし、それは今ではない。 7〉
〈これまで生きてきたのに。 3〉
〈るり色の空なんて、もう見たくない。 9〉
〈三度目の、くだらない人生。 4〉
〈てるてる坊主のように、なってしまった俺。 8〉
 なるほど、看護師さんの言うとおり、さっぱり意味が分からない。最後の気力を振り絞り、薄れゆく意識の中でこれを書き残したというのなら、まだ納得もいくのだが。
 しかし、死ぬ直前まではっきりとした意識を保ち、気丈に振る舞っていた夫。病状の急変でまさに、ぽっくりという言葉がぴったりな、そんな最後だったのだ。こんな訳の分からない手紙を残すほど、もうろくしていたとは思えない。
「どうですか。分かりますか? 私、なにかのメッセージかもって、ずっと考えていたんですけど」
 首をかしげる私に、看護師さんがそう言った瞬間……。ピンときた。
 そうだ。これは夫が残した、最後のメッセージ。きっと、なにか大切な言葉が隠されているのだ。そしてこれは、夫が生前よくやっていた、『あいうえお作文』に違いない。
 まず、お題となる言葉を決める。そして、その各文字を頭に据え短文を作る。最後に順番にそれをつなげると、意味を持った一つの文章ができあがるという、古くからの言葉遊びだ。
 早速、文末の番号どおりに読んでみた。すると、なにかを訴えるような、後悔しているような、そんな文章が浮かび上がってきた。が、それでもどこか、ちぐはぐな内容だ。となると、大切なのはそのお題となった、言葉の方なのかもしれない。きっとそれが、なんらかのメッセージとなっているのだ。
 期待と不安を抱きながら、あらためて番号順に、頭の文字を声に出して読み上げてみる。すると……。
〈さ・ち・こ・さん・あ・い・し・て・る〉となった。
「あら、いやだ。私……、全然気づかなかった」
 瞬間、頬を赤らめ声をあげる、目の前の看護師さん。ということは、この人が……。
 もう、呆れるしかなかった。自らの死を目前に、怯えるような日々を送っているものだとばかり思っていたのに。まさか、この期に及んでまだ、若い女にちょっかいを出そうとしていたなんて。
 しかしまあ、それだけ平穏な日々を送らせてもらえた、ということなのだろうか。
 そう思うと、あらためて熱い思いがこみ上げてきた。私は怒る気にもなれず、夫の愛した『幸子さん』に、再び頭を下げお礼の言葉を伝えることにした。
(了)