第42回「小説でもどうぞ」選外佳作 便り 跡部佐知


第42回結果発表
課 題
手紙
※応募数385編
選外佳作
便り 跡部佐知
便り 跡部佐知
娘がまだ小さかったころ、よくお手紙を書いてくれた。
何か欲しいものがあるときや、私を喜ばせたいときにお手紙を書いてくれた。
たしか娘がまだ四歳くらいのころ、字を習いたいと言い出したから、どうせすぐに飽きるだろうと思いながらも、私は字を教えた。最初に教えたのは、娘の名前から。
すみれという三文字のひらがなを丁寧に教えた。
娘は、その字を何度も、何度も練習していた。練習の最中に、食卓に油性ペンで自分の名前を書いたり、絵本の背表紙に名前を書いたりすることがあったが、私にはそれすらも微笑ましく感じられた。
富や名声に囚われず、素朴でささやかな幸せに気づきながら生きてほしいという願いを込めて、小さな幸せという花言葉を持つすみれの花から名前を付けた。
あるとき、どうして字を習いたいのかと聞いたことがあった。
娘の返事は、言葉を目で見たいからというものだった。
それから一年が経ち、平仮名をほとんど覚えきったころ、私の誕生日にお手紙を書いてくれた。それが、私が娘から貰った初めてのお手紙だ。
その内容は、弟ができるからこれからはお姉ちゃんとして頑張らなくちゃいけないという意気込みと、疲れている私を励ます言葉がへにょへにょな字で、でも一生懸命に、切実にしたためられていた。
そのお手紙を目にしたときに、私は声を押し殺すようにして泣いてしまった。
自分よりも小さな存在に支えられることもあるのだということと、小さな赤ちゃんだった娘が誰かから頼られる存在になりつつあるということを実感した。
家を出るまでに娘がくれたお手紙の数は、何十通にも上るほどだった。
その一つ一つを箱のなかで大切に保管している。
昔のことを考えていると、夫が帰ってくるまで一人で家に留まっている寂しさからふと誰かと話したくなった。気づけば、スマホの着信音を鳴らしていた。
「もしもし、お母さんだけど。また昔みたいにお手紙書いてくれない?」
電話越しに、娘に問いかけた。
「急にどうしたの? 私だって今はまだ結婚したばかりで余裕ないし」
娘の強気な声が、耳の奥の方までするりと入り込んでくる。
「やっぱり、お嫁に行っちゃったら少し寂しいのよ」
「孫の顔見たいとか言い出したのそっちじゃん」
娘のため息が聴こえた。
「ごめん、そろそろ夕食の支度しなくちゃだから、切るね」
「ちょっと、まって」
「お手紙は今どきスマホで十分でしょ。切るからね。ばいばい」
「あっ」
低い音がばさりと鳴ると、通話が途絶えた。
転校していった友達とのやりとりがいずれ途切れていくように、懐かしかった校舎に足を運ばないように、人間は、今の自分がいる環境に適応して生き抜くために精一杯で、既に後にした住処にかまっていられるほど暇ではないらしい。私も結婚したばかりのころは、両親をあまりかまってあげられなかったのを思い出す。
娘にお手紙のことを話してから、もしかしたらお手紙が入っているかもしれないという淡い期待を寄せて郵便受けを覗くようになった。
日中、一人で家にいると、ずっと同じ内容で繰り返されるテレビを見るか、家事をするかくらいしかやることがなかった。だから、ぱたん、という郵便受けに配達員さんがお手紙を差し込む音のようなちょっとした日常の刺激さえ、待ち遠しく感じられる。
郵便受けのなかはいつも決まって玉石混交だ。
電気代の納付書、スーパーの折り込み、宗教勧誘、聞いたこともない土地でニューオープンするお店の広告から、変な団体の変なお誘いまで、畑違いのそれぞれが、私の郵便受けという終点に集約する。ちっぽけなターミナル駅みたいだなと思う。
蒔いた覚えのない植物が畑から高々と生長していたときの農家さんの気持ちは、郵便受けを開けたときの郵便物たちに抱く訝しさと似通ったものなのかもしれない。
次の日も、また次の日も、娘からお手紙が届くことはなかった。
だから、迷惑かもしれないと思ったが、娘の住んでいる新居に向けて私からお手紙を書くことにした。
一週間ほどが経ち、娘から着信があった。
「ちょっと、お母さん。手紙書いたでしょ」
「うん、書いたよ」
「もう、そういうのやめてよね。子供じゃないんだからさ」
「ごめん。そっちの暮らしもあるものね」
「そうだよ」
私は相手の家族に水を差すようなことをしてしまったと反省した。
「でも、ありがとう。少し心細くなってたから」
「心細い?」
「ううん、なんでもない。またね。お母さんも元気でね」
いつの間にか通話が終わっていた。
私がお手紙に書いたのは、昔、娘が書いてくれたお手紙が嬉しかったこと、そんな娘から貰ったお手紙が恋しくなったから、私からお手紙を書いてしまったということ。そして、お手紙なんてなくても、自分で築き上げた家庭で、どうかささやかな幸せと共に、元気で暮らしていてほしいということだった。
多分返事はこれからも帰ってこないだろうけれど、心は晴れやかだった。部屋の窓から差し込んだ西日が、机上に置かれた煤けた手紙とへたっぴな字を橙色に染めていた。
(了)