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第1回「おい・おい」優秀賞 「はかなくなります。」矢島らら

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優秀賞

はかなくなります。
矢島らら

 今年の春に九十四歳を迎えた祖母から、私宛てに一通のメールが届いた。たまには孫に会いたいのかな。そう思って読み始めた途端、目が点になった。
「はかなくなります。どうかお元気で」
 はかなくなる? ちょっと待って、死ぬってこと? 古語の意味が頭にちらつき、私は急いで祖母のスマホに電話してみた。早くに祖父に先立たれた祖母は現在、介護施設で入浴等の介助を受けながら暮らしている。
 だが、何度かけてもつながらず、留守電にもならない。たまらず私は母に電話して事情を説明した。
「お祖母ちゃん、安楽死とかしないよね?」
「アハハ、違うって」
 電話の向こうで、母は誤解だと言って笑い転げた。
「いやそれな、墓仕舞いの話をしてたから、打ち間違えたんやろ」
「どういうこと?」
「墓なくなりますって打とうとして、平仮名になったんちゃう?」
 母によると、様々な事情を抱える祖母は、嫁に行った母と一緒の墓に入るつもりらしく、先祖代々の墓がなくなることを私に伝えようとしたのではとのことだった。
「もう、ややこしいわ。どうかお元気でってあったから、余計に焦った」
 今生の別れのような一文を反芻すると、私も思わず笑いがこみ上げてきた。祖母は容姿に恵まれていたこともあり、昔から舞台女優めいた言動が多かったのだ。また、家事全般が得意で、中学生だった私の家庭科の提出課題を手伝ってくれるなど、その面倒見の良さも含めて自慢の祖母だった。
「ポケットの位置が逆さまや、ちゃんと見なアカンで」
 エプロン作りで私が根本的なミスを頻発しても、祖母は我慢強く付き合ってくれた。チャコペンで器用に引く線は真っ直ぐで、生地の計測もミリ単位で正確だった。
 そんな祖母も膝を悪くして以来、移動には車椅子が欠かせなくなった。自身の人生の幕引きが迫る中、メールを読む側の受け取り方にまで考えが及ばなかったのだろう。祖母の心境を思うと胸が詰まった。
 今回の行き違いをきっかけに、祖母への労りの気持ちがじんわりと湧いてきた。
「お祖母ちゃん、お墓のことは大丈夫だから安心してね」
 早く伝えたくてメールの文章を高速で打ち込んでいくと、「安心してね」と入力したつもりで、「安死してね」と打ってしまった。なんて縁起の悪い。これだと本当に「儚く」なってしまう。
「違う、そうじゃないよ。まだまだ長生きしてね、お祖母ちゃん」
 祈る気持ちで、スマホの文面をにらんだ。
(了)