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第1回「おい・おい」佳作 「違う、そうじゃない」下地カナ

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佳作

「違う、そうじゃない」
下地カナ

 父は元小学校教諭だった。とても子煩悩な父だった。低血圧だった私に医者は、
「少し早く起きて、体を動かしたらいいよ、サイクリングとか近所を散歩するとか」
 と言った。父は私を六時に起こして、毎朝十五分のサイクリングに付き合ってくれた。今でいうところの「朝活」だと思う。勉強が苦手だった私に毎日勉強を教えてくれた。私が最高学年になるころは、父も希望を出して、同じ学年を受け持ってくれた。同じ学年だと、私に勉強も教えやすかったからだと思う。
「学校のこと、お互いに情報交換しよう」
 と父は言った。子育てに積極的にかかわる父だった。
 そんな父も今年で七十六歳になる。あんなに大きく見えていた父は、今や三人の孫を持つおじいちゃんだ。おじいちゃんと呼ばれるようになってから、父がとても小さく見えるようになった。四方八方から飛んでくる槍と戦う武士、という印象の父が、日の当たる縁側でお茶をたてる茶人のようになった。
「おじいちゃん、ボケたみたいよ」
 ある日、長女がこっそり私に言った。
「おじいちゃんね、この前、携帯に話しかけていたよ。『田中さんって覚えてる?』とか『田中さんと連絡とりたいんだけど』とか。おばあちゃんが『おじいちゃんが変』と言っていたよ」
 私は急に胸騒ぎがして、父と母に会いに行った。
「父さん、携帯に話しかけてるって、本当?」
 すると父が、
「CMで観たんだよ。携帯に質問したらなんでも教えてくれるって」
 一瞬、脳内がバグった。なんの話だ?!
 そして、あっ!と思った。
「音声アシスト機能!」
 父は、携帯というものは喋りかけると答えてくれる仕組みなのだ、と勘違いをしていたのだ。しかもガラケー。
「違う、そうじゃない。そうじゃないよ、父さん」
 私と母は大爆笑。
 しかし、今思えば、爆笑していた母も、よく分かっていなかったのではないかと思う。
 そのあと、一緒にシニアスマホを買いに行った。昔は父が一生懸命勉強を教えてくれた。今は私が一生懸命両親にスマホの使い方を教えている。
「父さん、年取ったね」
 私が笑った。
「かっちゃん、大人になったね」
 両親も笑った。
(了)