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第1回「おい・おい」選外佳作 違う意味の言葉 こけだま

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おい・おい
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<選外佳作>

違う意味の言葉
こけだま

「違う、そうじゃないよ、ばあちゃん。昨日それ言ったじゃん」
 少しきつく言ってしまった。祖母は、昨日話したことをまた同じように繰り返している。夕飯のメニュー、遠くに住む叔父の近況、僕の仕事。まるで、録音テープのように同じ言葉を巻き戻しては再生している。
 祖母は「そうかいねえ」と笑ってごまかしたが、どこかさみしそうだった。
 その顔を見て、すぐに後悔した。忘れることが悪いわけじゃない。むしろ、忘れてしまうことに自分が戸惑っているだけなのかもしれない。
 数日後、祖母の家の庭で、一緒に草取りをしていたときのことだ。僕は、黙々と草を抜きながら、ぽつりとつぶやいた。
「仕事も、恋愛も、うまくいかなくてさ。正直、自信なくしたよ」
 声を張らないと届かないと思っていたけど、祖母はきちんと聞いていたらしい。
 しばらくの沈黙のあと、祖母は手を止めて言った。
「違う、そうじゃない」
 その言葉に、僕ははっとした。
「誰かと比べるから、そう思うんだよ。あんたはあんたでいいの。前だけ見とればええ」
 祖母の手は、土にまみれてしわだらけだった。でも、その言葉はまっすぐに、僕の中に染み込んだ。
 あのとき僕が言った「違う、そうじゃない」とは、まったく意味が違っていた。
 祖母の「違う、そうじゃない」は、否定ではなく、包み込むような修正だった。
「間違ってるよ」ではなく、「こうあっていいんだよ」と教えてくれる優しさだった。
 僕は少し泣きそうになりながら、草を抜く手を止めなかった。
 その小さな庭で、祖母と並んで過ごす時間が、どれほど貴重か、ようやく気づいた気がした。
(了)