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第1回「おい・おい」選外佳作 嫌い とみこ

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おい・おい
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結果発表
<選外佳作>

きらい
とみこ

 メガネが嫌いだ。メガネと言っても曇るとか耳が痛いとかじゃなくて、すぐどこかに置き忘れるのが嫌だ。朝から「メガネがない!」と探し回り、起きてきた夫が「ここにあるだろ」とおでこを指す。この何とも言えない空気が嫌いだ。散々探していたメガネが冷蔵庫で見つかる。この虚しさと言ったら、ない。コンタクトを付けていることを忘れ、その上からメガネをかけてしまう。そんな自分も情けない。
 スマホも嫌いだ。スマホと言ってもアイフォンとかアンドロイドとかじゃなくて、それを使いこなせない自分が嫌いだ。ラインを送信したあと「ライン送ったんだけど?」と不安で電話をかけてしまう。そんな自分が嫌だ。美容院に行く際に『噛み切ってくるね』と打ち、『紙切ってくるね』と直し、結局最後に『髪切手来るね』と送ってしまう。こんなどうしようもないところも嫌いだ。 
 通話も嫌いだ。通話と言っても長電話とかじゃなく、息子を名乗る詐欺電話が嫌だ。「オレだけど」と言われ、「あらっ、久しぶり!」と喜び、何も疑わずにATMに向かってしまう。そんな自分が嫌いだ。ATMに行ったものの暗証番号を間違えて送金不能を食らう。そんな自分も情けない。
 チェーン店も嫌いだ。チェーン店と言っても牛丼とかハンバーガーとかじゃなく、店の名前が紛らわしいのが嫌いだ。孫に「この前のオートバックスのコーヒーおいしかったね」と言うと「は? スターバックスでしょ」と失笑を食らう。このときのこっ恥ずかしさと言ったら、ない。「ロイヤルホストに行く」と言う孫に「変な男に貢ぐんじゃない」と叱り、逆にキレられる。こんな日常も嫌だ。
 メガネも、スマホも、チェーン店も、何より老いていく自分が嫌いだ。このエッセーを書いているときも「やっぱり年を取るのは嫌だな」と言うと「そんなの当たり前だろ」と夫が言い放つ。この時の冷たい感じが嫌いだ。
 何をやっても「違う」と言われ、「そうじゃない」と制止される。今日も探してた入れ歯はなぜか冷凍庫に。おい、待てよ。いつ入れたんだ?
 だからそんな自分に言ってやりたいんだ。
「老い、待てよ」と。
(了)