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第1回「おい・おい」選外佳作 死ぬ死ぬ詐欺にご用心! 岩崎愛

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結果発表
<選外佳作>

死ぬ死ぬ詐欺にご用心!
岩崎愛

 土曜日の朝七時、二度寝しようと思っていると電話が鳴る。
「私はどこも行かれへん。もう死ぬしかないわ」
 と祖母からの唐突なモーニングコール。
 私は眠い目を擦る。「おはよう。今日はええ天気やな」と曖昧に返事する。「若い人はええなぁ。天気ええとどこにでも行けて羨ましいわ」と祖母が女優の決めゼリフのように言う。私は夫を叩き起こし、祖母のために車を出せるか手を合わせ小声で聞く。夫は苦笑しながらも、目を擦り、親指を立てた。
「おばあちゃんええで。天気いいから植物園でも行こか?」と少し高めのトーンで言う。「悪いなぁ。嬉しいわ! 何着て行こかな」と弾んだ祖母の声が部屋に響く。 
 祖母は元々、祖父と出かけたり、フラダンスを踊ったりと活発で周りに人が自然と集まる人だった。また、がんのステージ四と言われても「私はがんに勝つで!」と放射線治療にも前向きに取り組んだ。しかし、祖父に先立たれ、入退院を繰り返す中で早く死にたいと弱音を吐くことが増えていった。そして、八十二歳を迎え、自分の足では自由に出かけることが難しくなった。
 家族の不安が強くなったそんなある日、祖母からオレオレ詐欺ならぬ、死ぬ死ぬ詐欺の電話が孫である私にあった。祖母は、死ぬ前に私の結婚式に出たいと懇願した。小さい頃からベビーカーを押してくれた祖母の懇願が私たち夫婦の結婚の後押しとなった。
 結婚後、孫をターゲットにした祖母の死ぬ死ぬ詐欺はさらにエスカレート。しかし、祖母の言葉と笑顔にはいつも負けてしまう。気付くと、祖母と出かける先を探すことが私たち夫婦の楽しみの一つになった。 
 物思いにふけっていた私が前を見ると、祖母が大きな口であんぱんにかぶりついていた。
「車いすを押してくれてありがとう。私は幸せ者やわ。植物園、最高やな」
 とあんこを付けながら少女のように祖母が笑う。
 一年以上が経った土曜日のある朝。七時前に目が覚めた。同じく目が覚めている夫に次はどんな死ぬ死ぬ詐欺の電話が女優から飛び出すだろうかと話していた。
 七時ちょうどに電話が鳴る。私が笑いをこらえながら電話に出る。隣で夫も耳を澄ます。
「がん消えたってお医者さんに言われたわ」
 と誇らしげな祖母の声が飛び込んできた。
「すごいやん !」と私は興奮気味に答える。夫の目が点になっている。次の瞬間「でも年やし、もう死ぬと思うねん。次は家族でハワイに行きたいなぁ」と名女優の笑い声が部屋中に響き渡った。
(了)