【地図井式】文フリ出店から完売まで|サービス付き販売と交流で広がる可能性


能動的に売り切って、得られたスペースとモチベーション
ブースの出店作家のはしくれとしての矜持をどのように果たすか、落選供養として次にどうやって昇華するかを考え、私は今後につなげるための在庫営業を一人で始めたのでした。
期待した在庫を予定数捌ききれなかった人の中には落ち込んだり、SNSで愚痴を散らしたり悲観的な方も多いと思いますが、私はとても楽観的でした。自然に売れなかったものは能動的に売ればいいだけです。文フリの来場者は過去最高、ほぼ無限の顧客リストを前に、たった30冊売ればいいのです。
デザインから何から自分でやり、早めに製作した割引もあったため、製作費は印刷代含めても総計で10万円ほどでした。支払ったコストに対しては、1冊の値付けは1000円でしたから30冊が全部1000円で売れても赤字です。普通に回収しようとしたら一冊の値段は3500円となり、私の家にある3500円の本といえば美術館などでのコレクション展の大判フルカラーの画集くらいで、それと同じ価値があると顧客に売りこむような提供はそもそもできないなと思いました。自分が思っている価値以上の価格で物を売ることは、売った瞬間だけでなく、深く未来の人間関係や自尊心を大きく損ないます。
もちろん、自分が手間暇をかけて命をかけて書いていた時間が具現化されたのだと思うと値付けなんかできない、プライスレスで値付けなどできないです、という思いは大前提ありました。
ですが、いち消費者として、そもそも1000円の本って購入に結構勇気がいるなと思います。しかも書いている作家も見たことがなく、中身が保証されているわけでもなく、何が書いているかわからないにもかかわらず、ちょっといいランチやネットで読める漫画10冊分くらいの価格を支払って自分の時間を数時間奪われるわけなので、期待価値をとっても商品価値をとっても1000円でも高いと思います。私が読みたい商業作家の新刊は文庫で850円でした。
何のマーケティングもなく、野放図に売った数としては想定内で、むしろ買ってくれた人は、どんな人だったか振り返ってみると、文フリに出店していた別のブースの方でした。購入の際に会話した方が御礼としてわざわざブースに来てくれた、いわゆる物々交換の数人の購入がメインでした。
私は事前の情報があまり出せなかったので、せめてもの情報開示として、ブースをまわって購入したり会話した方に、小さいチラシ冊子を作り配布していました。それで、お互いに名刺交換のようにチラシ交換をした方もいました。残在庫を刷くときに、同好の方をはじめその日作品を私が購入した方やチラシ交換した方にまずはアプローチし、感想を添えて作品交換を持ち掛けました。彼らが(もちろん私も)何よりも欲しい感想を添えて喜ばれ、やはり在庫処分にお困りの様子だったので普通に物々交換する形で半分捌けました。
また、売値に関してはちょっとした工夫をしました。
売値の1000円は変えずにいたかったので、本+サービスで1000円。買ってくれる方の言い値で本は販売しますが、1000円に不足している金額の分は私ができる範囲の別サービスをいたします (校正・イベントに参加・自主制作本の購入など)として、セット販売しました。例えば、本の値段300円だね、ということであれば、700円分、私が何かしらのサービス提供をします。サービス例としては文章校正作業とか、感想投稿とか、告知協力など。
念のため、不合理な要求や身の危険があったときのための想定問答や断りの内容も考えてはいたのですが、さすが文フリ出店者(しかも文藝系)、マナーがよく、文章の簡単な校正や、お互いにフォローしあう、ということで済んだり、オンラインゲームを一緒にやってほしい、という不思議な依頼はあったものの無茶な要求はひとつもされませんでした。その後も情報交流などでつき合いが続いた人もいます。今回売れ残った本の数は、同好のひととつながりうる数で、私にとっては物理的な儲けよりも利益のあるつながりに変化しました。
自分にできるベストを尽くして能動的に売り切ったあとには、すっきりしたスペースと、あとはどんな経緯であれ他人の手に渡ったことによる新しい可能性、購入しあった仲間を得てやっとひと仕事終えた感じがしました。