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第46回「小説でもどうぞ」最優秀賞 カンニング 高橋大成

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小説
小説でもどうぞ
第46回結果発表
課題

試験

※応募数347編
カンニング 
高橋大成

 問題用紙が前から順番に配られ始めた。
 手元に配られたそれに目を落とす。試験監督が注意事項を読み上げ、会場に緊張感が漂いはじめた。
「ではまず名前を記入してください」
 試験監督の言葉を合図に、会場をかりかり、かさかさという音が満たした。
 僕も鉛筆を手に取り、慎重に名前を書き込んだ。鋭く尖らせた鉛筆の先が少しだけ砕け、細かい粒となって用紙に散った。
「それでは試験を開始します。時間は九十分間です」
 僕は試験監督の様子を伺った。一番前の教壇にいる中年男性の試験監督は、ずらした眼鏡越しに手元の資料に目を落としている。受験者たちの間を巡回している副試験監督はふたりいる。ちょうど今、僕に背中を向けている。僕はそっと左手を上げ、マスクを直すふりをして軽く二回叩いた。それが合図だった。
 眼鏡がかすかに振動した。小型カメラが仕込まれ、つるは骨伝導イヤホンになっている。そのイヤホンから声がした。
「よし、一問目は“ちゅうちょ”だ」
 僕は“躊躇”の下に“ちゅうちょ”と書き込んだ。
「二問目は“きゅうりょう”」
 僕は“丘陵”に回答を書き込んだ。
「三問目は“しばらく”」
 僕は書き込もうとして手が止まった。“漸く”。
「なんだ。どうした」イヤホンから声が聞こえる。僕は目を上げて試験監督を見た。相変わらず手元に目を落としている。副試験監督のひとりがゆっくりとこちらに歩いてきていた。カメラ越しにその様子は見えているはずだった。
 僕は手を動かし回答しているふりをした。その脇を副試験監督がゆっくりと通り過ぎていく。“司令室”がなにも言わないことを祈った。骨伝導イヤホンとはいえ、かすかに音はする。
 副試験監督は僕に注意を払うことなく通り過ぎていった。僕はマスクを三回叩いた。マスクには小型マイクが仕込まれていて、司令室に伝わる。
「三回叩く」は「違うと思う」の合図だった。“漸く”の読み方はわからなかったが、“しばらく”でないのには確信があった。
 しばしの沈黙の後、イヤホンから声がした。
「“ようやく”」
 僕は書き込んだ。
 次は長文記述問題だった。ここからが本番だ。なにしろ耳から聞こえる長い文章を書き込まないといけないのだ。
 問題となる文章をじっと見つめる。と言っても考えている訳ではない。カメラの向こうにいる司令室が問題を読むためだ。
 カメラがぶれないようじっと待つ。声がした。
「もっと下」
 僕は顔を動かした。
「行きすぎだ。もう少し上」
 僕はまた顔を動かした。その時、かしゃんと音がして僕は思わずそちらを見てしまった。受験者がひとり手を上げている。副試験監督がそちらに向かった。どうやら鉛筆を落としたらしい。
「おい、見えないぞ」
 司令室からの声に僕は慌てて視線を戻した。
「くそ、また見えない。もっと左を向け。よし、そこだ」
 数秒の沈黙のあと、声が聞こえた。
 僕は必死に鉛筆を動かしたが手が追いつかなかった。慌ててマスクを四回叩く。“待って”の合図だ。回答が止まった。汗で鉛筆が滑る。やっと追いつき、二回叩いた。
「“麻婆豆腐に惹かれて頼んだが、思った以上に辛くてほとんど食べられなかったことを、三日後の今になっても後悔している”」
 僕は必死になって書き込んだ。副試験監督がまた僕の方に向かって来る。僕はそちらにちらりと目を向けた。見られている気がする。
 気のせいだと言い聞かせ記述を再開したが、最後まで来たところで手が止まった。鼓動が早まった。
 回答欄が足りない。回答が長すぎるのだ。僕は焦り、三回マスクを叩いた。
「長すぎたか」
 司令室から声がした。
「まて、考え直す。それまで……」
「ちょっと君」
 僕は顔を上げた。副試験監督が厳しい顔でこちらを見下ろしている。
「くそっ」
 イヤホンから声がした。

 僕は別室に連れて行かれ、椅子に座らされた。僕を連行した副試験監督はテーブルに僕の試験用紙を置くと、反対側に座った。
「その眼鏡とマスクを外しなさい」
 僕はしぶしぶそれらを外した。マスクの細工は一目瞭然だった。副試験監督はそれを目に近づけて興味深そうに点検した。
「バッテリーは?」
「充電式です」
 副試験監督はふんと鼻を鳴らし、眼鏡に取り掛かった。こっちはよくよく見ないと細工には気付けない。だが副試験監督は言った。
「おおかた、カメラと骨伝導だろう?」
 僕は答えなかった。副試験監督は僕を見て笑みを浮かべた。
「ほら、ここだ。ここがカメラだろう」
 副試験監督は眼鏡の一点を指さした。そこには針でついたような穴がある。
「それに……」
 副試験監督の指がつるに移った。
「この形状と材質は骨伝導イヤホンで間違いない」
 僕は観念した。
「その通りです」
「何回も見たからね」それからこう続けた。「もう予習済みだよ」
 僕はため息をついた。副試験監督が言った。
「さて、では……、合格、かな?」
 僕は頷いた。「合格です」
 僕の背後のドアが開き、こっちの・・・・試験監督が入ってきた。
「はい、受験番号239番の小谷さん、見事カンニングを見破りましたね。試験監督試験、合格です」
 それからこっちの・・・・試験監督は僕に言った。
「どうも、新しい方法を考えないと、試験が簡単すぎるかもしれませんね」
「そうですね」僕は答えた。「それに司令室の人材も見直さないと。誤答が多すぎます」
(了)