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第47回「小説でもどうぞ」落選供養作品

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編集部選!
第47回落選供養作品

Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第47回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。
そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!
今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。


【編集部より】

今回はいちはじめさんの作品を選ばせていただきました!

中学校教員の主人公は、イソップ童話『ウサギとカメ』を題材にディベートの授業を行います。さっさとディベートを終わらせるべく選んだ題材でした。

ところが、一人の生徒の発言を皮切りに、そもそも負けるに決まっているカメが勝負に乗った理由について、教室は大盛り上がり。

さっさと授業を切り上げたい主人公は、そんな生徒たちを諫めたが、突然めまいに襲われて……。

目が覚めたあと、主人公を待ち受けていたのはまさかの世界線でした。最後の一言にも注目してみてください。

惜しくも入選には至りませんでしたが、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。また、つくログでは他の方の作品も読むことができますので、ぜひお越しくださいませ。

 

課 題

逆転

逆転と追走のサンバ 
いちはじめ

 今日は国語の授業の一環としてディベートを行う。課題はイソップ童話の『ウサギとカメ』だ。中学生としてはだいぶレベルが低いのだが、古典や純文学にすると、はなから読んでこないので話にならない。この童話なら知らないやつはいないだろう。
 授業の冒頭、童話の内容を簡単に紹介し、ディベートをスタートさせた。
 ディベートは思った通り低調だった。それはそうだろう。小学生の、それも低学年向けの話で、どう討論してもウサギの『傲慢と油断』、カメの『忍耐と努力』に落ち着いてしまう。まあ、それがこの授業で楽をしたいという私の狙いでもあるのだが……。
 だがこのままだらだらと進めるわけにはいくまい。切りのいいところで終え残りは自習、と思った時に一人の男子生徒が手を上げた。
「先生、この話どうにも腑に落ちないんですが」
「どういう意味だ?」
「カメが鈍さをウサギにバカにされて競争することになったんですよね」
「そうだな」
「ウサギと競争したら負けるのは分かっていたはず。挑発されたとはいえ何故カメは競争を仕掛けたんでしょうか」
 教室に小さなざわめきが広がった。なるほどといったつぶやきも聞こえる。
 学級委員長の女子生徒が勢いよく手を上げた。
「私もそこは変だと思っていました。カメには何らかの勝算があったのではないでしょうか」
 そこ、突っ込むところか?
「どんな勝算があったというんだ?」
 途端に学級委員長は黙り込んだ。
 よしここまで、あとはレポートを書く時間として終わりにするか。
 そう切り出そうとした矢先、クラス一のお祭り男がしゃしゃり出てきた。
「よし、みんなでカメの大逆転劇のからくりを考えようぜ」
 先ほどまで怠惰に沈滞していた教室の空気が一変した。
「ウサギの走るスピードは最高毎時73キロ、カメのそれは15キロと言われていますが、ウサギは短距離タイプでカメは持久力の長距離タイプです」
 博識の理科部部長が得意げに報告した。
「それだ。カメは自分のハンディを克服するために長距離のコースを提案したんだ」
「しかも直線ではなく曲がりくねったコースで、もしかしたらウサギを消耗させるための登坂コースだったかもしれない」
「間違いない。昔読んだ絵本では確かにゴールは丘の上にあった」
 なんだそれは。
「大きな池か川を迂回するコースかもしれないわ。泳げるカメはショートカットできるもの」
「おお~、確かに」
 ここで美術部員がすたすたと前に出てきた。何をするつもりだと呆気にとられていると、こんな感じでしょうかとボードに絵を描き始めた。丘の上でカメが、大きな大木の根元で寝ているウサギをしり目にゴールをめざし駆けている。そして見物人に見立てた多くの生き物たち――どこか生徒の誰かに似ている――がそれをはやし立てている鳥獣戯画風の絵だ。丘の麓までつづら折りの道が続き、遠くその先には大きな池が描かれている。
 短時間でここまで描くとは大したものだ。
 教室は異様な熱気を帯びてきた。
 そんな騒然としたなか、しばらく沈痛な面持ちで考え込んでいた委員長が、新たな疑問を投げかけてきた。
「それでもウサギは先にゴールできたはずです。それなのに何故ゴールせずにカメを待ったのでしょうか」
 他の生徒が次々に追従する。
「寝てしまったというのも変ですよね」
「レース前に薬を盛られたのかも」
「やだぁ、怖~い」
 あちこちで好き勝手なおしゃべりが始まった。もうディベートではなく大喜利大会だ。
 これはいかん、ちょっと締めないと。
 教室の喧噪を鎮めるためにパンと大きく手を打った。
「ちょっと静かにしろ、誰が勝手にしゃべっていいと言った」
 各々勝手な方を向いてしゃべりあっていた生徒たちは、不服そうにしながらも前に向き直った。
「大喜利じゃないんだぞ。作品をどう読み、どう評価するか……」
 そう説明している最中に、突然激しいめまいに襲われた。
 そのめまいが去った後、愕然とした。信じられないことに俺は美術部員の書いた絵の中にいたのだ。周りにはあの生き物たちが動き回っている。
 ふと見ると、お祭り男に似たさるが、面白がって寝ているウサギを起こしている。
 止めなければと思ったが、ウサギは起きてしまい、あわててカメの後を、それこそ脱兎のごとく追い始めていた。
 委員長の面影があるいぬが青い顔して近づいてきた。
「結末が変わってしまいます。大丈夫でしょうか」
「まずいだろうな」
「最悪この世界が消滅してしまうかもしれません」
 脇から理科部部長とそっくりのきつねが恐ろしいことを口にした。
「これではウサギに再逆転されてしまうぞ」
「いい策を思いつきました、私に任せてください」
 委員長がよく通る声で叫んだ。
「ウサギさぁん、あなた『アキレスとカメ』を知ってるぅ?」
 途端にウサギの動きが鈍くなった。
 委員長の一計が功を奏したようだ。アキレスは永久にカメに追い付けないというあの逆説をウサギが知っていてくれて助かった。もはやカメに追い付くことさえできまい。
 世界の消滅は免れたようだが、カメがゴールするまで元に戻れそうにないな。
 それにしても俺、どうしてこの姿なんだ?
 俺はゲコッとため息をついた。

(了)