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第46回「小説でもどうぞ」佳作 試験n 黒坂舟佑

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小説
小説でもどうぞ
第46回結果発表
課 題

試験

※応募数347編
試験n 
黒坂舟佑

 琴子がその試験の存在を知ったのは十一月頃だった。スマホでショート動画を見ていたら、その試験の広告が動画の合間に流れてきたのだ。何やらその試験に合格すると、巨万の富とはいかないが安定した収入が得られ、社会的地位も高くなり、社会の役に立ち、人から感謝され、生涯安泰に過ごすことができるらしい。琴子は今大学二年生で、年度が明けたら大学三年生になり就職活動が始まる。この試験に受かれば卒業後の選択肢が増え、就活も余裕を持って取り組めると考えた真面目な琴子は、早速公式サイトからその試験に申し込んだ。
 正月休み明けすぐの土曜日が試験日だった。試験会場は家から一番近所にある大学の大講堂で、中は老若男女がひしめき合っている。白髪が目立つおじいさんから、スカルプネイルをかちかち言わせたギャルまで様々な人間が集まっていた。席に座り試験開始を待っていると、名前を呼ばれたような気がして琴子は振り向いた。同じ学科の歌羽が数メートル後ろの通路で手を振っている。歌羽は自分の席に荷物を置くと、琴子の席まで歩いてきて、ことちゃんいるの嬉しいんですけどーと笑顔を見せた。
「この試験に受かったら就活しなくても安泰じゃん? 絶対受けといた方が得だよねー! もっと友達いるかと思ったけど、案外見当たらなかったら、ことちゃんいて嬉しかった」
「私もだよ! 一緒に受かって生涯安泰になりたいね。がんばろーね」
 互いを励まし合い、歌羽が席に戻ると同時に、試験官が前の扉から講堂に入ってきた。試験官は眼鏡をかけた細身の男性で、今からアナウンスが流れますので席についてください、とマイクを持ってスピーカー越しに言った。すぐに録音された女性の声が、大学受験の時と同じように試験の説明をし始めた。マークシートの書き方や試験中の禁止事項など、どこかで一度は聞いたことがある、当たり障りのない内容だった。
「最後に、この試験は二次試験があります。合格通知が来ましたら次回日程を必ずご確認ください」
 やけに無機物的な声だったから、アナウンスはAI音声かもしれなかった。
 試験自体は大学受験を乗り越えた琴子にとって簡単すぎる問題ばかりだった。無事に試験を終え、二週間後には一次試験合格のハガキが届いた。書面には二次試験の日程と場所が記されている。大学の秋学期の定期テストと日程が被っていたが、琴子は手を抜かずにこの試験の対策に取り組んだ。
 二次試験の会場にも歌羽の姿があった。試験官も前と同じ、細身で眼鏡をかけた男性だった。受験者数も、試験会場の講堂も、アナウンスの説明も前回とほとんど変わらなかった。
「最後に、この試験は三次試験があります。合格通知が来ましたら次回日程を必ずご確認ください」
 熱心に試験勉強をしていた琴子は三次試験も当たり前のように合格した。大学三年生の授業も始まり、就活ガイダンスの案内も届いていたが、琴子はまず試験に受かることだけに集中することに決めていた。その後も琴子は四次試験、五次試験、と合格を重ねていった。歌羽の姿は九次試験まで認めたが、そのあとは試験会場で見かけなくなった。大学で歌羽に話しかけると、歌羽はバツの悪そうな顔をした。
「あの試験には受かりたかったけど、行きたい業種の内定一個取れてさ、もういいかなってやめちゃった。ことちゃんは頑張ってね! この試験に受かれば、一生安泰、死ぬまで幸せを保証されてるんだから」
 二十六次試験の時、琴子は大学四年生になっていた。周りの友人たちは無事内定を取れたようで、インターンに行ったり、海外旅行に行ったりと最後の大学生活を謳歌している。二十六次試験の会場は人がまばらだった。一次試験の頃と比べると、おそらく人数は半分以下まで減っていた。一度決めたことを決して曲げない琴子は、いまだに就職活動はせずこの試験の勉強ばかりしていた。けれど二十次試験を超えたあたりから、先の見えない試験に少し不安を感じるようになり、試験前、琴子は思い切って試験官に尋ねてみることにした。
「すみません、この試験は何次試験まであるんですか?」
 試験官は首を横に振った。
「私もわかりません。実は私、試験官の六十四次試験を受けている身でして。正式な試験官になったら把握できるんでしょうけど、今の私はこの試験について何も知らないのです」
 琴子は試験官の試験が六十四次以上あることにびっくりしたが、自分よりも粘り強く試験に向き合っている人がいることに尊敬と安心感を覚えた。自分は一人で戦っているわけではないのだ。
「希望を持っていれば、試験に合格できますかね」
 男性は何度も頷いて、眼鏡の位置を直した。
「絶対合格できますよ。試験に立ち向かっているあなたは、他の人よりも合格に一歩近づいているんですから。そもそも、途中で諦めてしまったら受かるものも受かりませんからね。一生安泰も、素晴らしい社会的地位も、合格してしまえばこっちのものです。最終試験合格に至るまで諦めないことが大事なのです」
 ご武運を、と試験官は琴子を励ますように右手で握り拳を作った。
(了)