第46回「小説でもどうぞ」選外佳作 選抜試験 香具山ゆみ


第46回結果発表
課 題
試験
※応募数347編
選外佳作
選抜試験 香具山ゆみ
選抜試験 香具山ゆみ
この試験をクリアすれば、幻の宝が手に入る。
と、受験者たちは色めき立っているが、私には何のことだか分からない。分からないのに、受けに来た。こんなだから、いつも上手くいかないのだ。けど、こんなだから、よく分からなかったって、目の前に差し出された機会にはなるだけ多く挑戦しなきゃならない。ずば抜けた力も才能もないから、数打って万が一の可能性に賭けるしかない。
そういう真面目なところがあなたの才能だよーと言ってくれる人もいるが、大体薄笑いを浮かべている気がするのは、私が卑屈になりすぎているせいだろうか。
試験開始のチャイムが鳴る。
ばっと周囲の受験生たちが一斉に課題に取り組む。私はまた出遅れて、ワンテンポ遅れて目の前の箱庭を覗き込む。
一次試験は箱庭テストだ。
与えられたスペースに、木や岩や川などのアイテムを使って理想の世界を作る。
ええと、どうしよう。ちらと周りの様子を窺うと、他の受験生たちは、繊細なコントラストの熱帯雨林や、不純物一つない湖、粒の大きさを全て揃えた砂漠など、美しい景観を生み出している。
片や私は、ああでもないこうでもないと、狭いスペースにあれもこれもと詰め込んでしまう。そのくせ妙に凝り性なところを発揮して、木を裂いたり、粘土を捏ねて「ホーム」なんかを作ったりする。皆の視線から逃れて引きこもっていたいという願望の現われかもしれない。
終了の合図が掛かったのに、まだもたもた手を動かす私の箱庭を見て、どよめきが上がる。なんてめちゃくちゃなんだって。
そりゃあそうだよな。もうだめだ。目の前に広がる混沌に絶望する。また間違えちゃったんだ。そう思ったが、なぜか二次試験に進むことになった。
二次試験は音楽のテストだ。
世界を表現するのに相応しい音楽を作りなさい、と。
各々得意な楽器を手に取り、さらさらと曲を作り始める。きらきらと心が透くような美しい音や、重厚で深遠な調べが試験会場内に響く。
だのに、私だけが楽器さえ手に取らず呆然と立ち尽くす。あまりに不器用で、楽器を奏でられないのだ。それでも順番は回ってくる。
どうしよう。
ええい、なんとでもなれ。思い切って口を開け、吸い込んだ空気を吐き出す。私だけが楽器を奏でずに、歌をうたった。
皆の楽器に比べればあまりにひどい声だ。それでも精一杯のことはしよう。世界を祝福するために、私は歌う節に合わせてことばを生み出した。
そんな私を、皆は奇妙な目で見たが、これまたなぜか次へ進むことになった。
三次試験では、先程の箱庭に生物を置いていく。
海を作った者は魚を、空を作った者は鳥を、他の受験者たちは苦もなく作業を進めていく。
だのに、私の箱庭はあれこれ詰め込んだばっかりに、そこに置く生物も海のもの、陸のもの、空のものと所狭しと配置していかねばならない。あまりに詰め込むから、目を離すと置かれた生物たちは勝手に争いを始めたりする。じっとしていやしない。まだ置かねばならぬものが残っているというのに。
制限時間も迫っている。焦る気持ち、裏腹に思うように進まない目の前の世界。
思わず癇癪を起こしてしまった。
箱庭が揺れて、中の生物たちが右往左往する。さっき与えた「声」でぎゃあぎゃあ奇声を上げる。
うるさい! 私も他の受験者も耳を塞いだが、試験官だけが面白そうに笑った。
なんとか箱庭内の騒ぎを収めて、作業再開したが、結局制限時間内に世界を完成することはできなかった。
だから、私が試験に合格したと聞かされた時は驚いた。
何かの間違いではないかと。試験官たちがけっして間違えることがないのを知っているにも関わらず、そう思ったくらい動揺した。
合格した私には小さな丸い球が与えられた。
試験で作った箱庭だ。改めて見るに不完全で、申し訳なくなる。
せめて不器用な私がこれ以上余計な手出しをせぬよう、私は、青い小さな星を瑠璃色の宇宙で包んでポケットに入れた。だから、地球の生物たちは、自ら何とか頑張っている。失敗の多いところは創造主たる私に似ているのかもしれない。
他の受験者たちが生み出した世界は完璧に完成された美しいものではあったけれど、彼らはすぐに飽きてそれらを放り出してしまう。そういう世界は、水の与えられない植物みたいな末路を辿ることになる。
私はというと、地球の生物自身が作る世界は突拍子もなくて面白いし、飽きることがない。
地球のことは肌身離さずポケットの中に大事にしまっている。だけど、たまに蹴躓いてしまったりして、ポケットの中から奇声が上がったりするのだった。
(了)