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第47回「小説でもどうぞ」佳作 再怪会 進之介

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小説
小説でもどうぞ
第47回結果発表
課 題

逆転

※応募数347編
再怪会 
進之介

「いらっしゃいませ、こんにちは」
 僕はドーナツをガラス張りのケースに入れながら言う。
「へぇー、こんなところにカフェができたんだ。チェーンのドーナツ店はいっぱいあるけど、個人経営の店なの?」
 金の大きなネックレスを身につけ、白い半袖から見える腕はトレーニングをしているのだろうと想像できる客が店内を見渡しながら言う。実に馴れ馴れしい口調が鼻につくが、初めての客だから可能な限り丁重に扱おうと努める。
「ええ。本日オープンなんです。ドーナツを扱う本格的なカフェを展開したいなと考えておりまして」
「へぇー。良い雰囲気じゃん。なんか懐かしい感じやわ」客は色の付いた眼鏡を額のあたりまで上げてからそう言うと、店内を歩いて壁に掛けてある絵画や装飾品などを見て楽しんでいるように見える。「うわー、この桜並木とか懐かしいな。兄ちゃん、この写真はセンスあるね」
「ありがとうございます。友人からの貰い物なんですが、僕もけっこう気に入ってます」
 僕はそう言うと、コーヒーを淹れる準備をする。
「それで、ご注文はいかがなさいますか?」
「そうねぇ、注文ね……。何にしようかな。ってか、俺が記念すべき初めての客ってことだよな? 何か初めての特典とかないの?」
 偉そうに客が言う。
「初めての特典ですか?……そうですね、考えていなかったですが、どうでしょう。コーヒーとドーナツをご購入いただけたら、当店オリジナルのドーナツクッキーをお付けいたします」
 僕は精一杯のおもてなしをする。
「え、それが初めて来る客に対しての特典? え、嘘でしょ? 安っちいなぁ。もっとさ、こうパーッと初めての客をもてなそうっていう心意気はないわけ? 景気悪いよ、そんなんじゃ。せっかくさ、こうして駅近くに隠れ家的な形で店を構えたわけじゃん。こういう店って口コミとかで広がらないと知られないよ? どうする? サービス最低でしたとか書いちゃおっかなぁー」
 客は伸び過ぎた髭を触りながら、脂ギッシュな髪を掻いている。フケが飛んで汚らしい。
「それは困ります。……しかしながら、サービスにも限界があります。まだ始めたばかりですので」
「ッチッ、つまんねーなぁ。しゃーねぇから、お前が言ったサービスで許したるわ。……コーヒー少しサイズ大きめでくれよ」と客はふんぞり返って言う。
「承知いたしました。当店オリジナルのブレンドコーヒーを淹れます」
 僕はそう言って、豆から丁寧に挽いて準備する。
「しっかし、提供するのは遅いし、サービスも悪いけど雰囲気だけは良いよなぁ。懐かしいんだよ。この桜並木の写真は俺の地元でさ。俺も地元じゃちょっと有名なワルだったのよ。だから、兄ちゃん。悪いことは言わねー。ちびる前に無料にしちゃえよ」
 客は眼鏡をいじりつつ笑いながらそう言う。
「はははっ。それじゃあ商売は成り立ちませんので」と僕はあしらう。
「生意気やなお前。あんまり調子に乗らん方が良いで。お前、あの桜並木の写真を友人に貰ったって言ってただろ? そいつも、もしかしたら知ってるかもしれねーけど、その地元じゃ有名なバットブレインってところに所属していたから」
「え、お客さんもバットブレインを知ってるんだ。友人もそこにいたノエルって言うんだけど」
「ノエルさんを知ってんだ。だったら、話がはえーよ。悪いことは言わない。俺の言うことを聞いとけ」と客が言う。
「ノエルが何なの?ってか、おたく名前は?」
「ノエルとか呼び捨てにしてんのが癪だわ。ってか、人に名前を聞くなら、まず己から名乗らんかい」
「あ、僕はタグチって言います。僕もバットブレインに所属していたんですけど、黒歴史っていうか。あんまり世間様に堂々とお話できることじゃないから、隠しときたいんですけど。ノエル含めて、みんな今は気持ち入れ替えて頑張って生きていこうって決めているから、ここをその拠点にできないかなって」
「え、タグチさん? タグチさんってあのアタマ張ってたタグチさん? え、ノエルって呼び捨てに……」
「いや、お前がノエルって呼び捨てにするなよ。なぁ? お前、名前は?」
「じ、自分はしょっぺーです。桐原翔平です。覚えてますか? ほら、有名なメジャーリーガーと名前が同じだと癪に障るから改名しろって言われて。しょっぺーってあだ名をノエルさんに貰いました」
「へぇー、ノエルがね。なら、今度聞いとくわ。ってか、今夜来るはずだからお前もいろよ」
「あ、いえいえ。自分は大丈夫っす。そろそろ帰りますんで」としょっぺーが言うから、
「いや、待てって。お前、わかってるよな? この店、今日がオープンなんだよ。そして、記念すべき初めての客がお前。意味わかる? 何か寄越せよ。なぁ?」
「いや、僕は客です」
「そうだよなぁ。客ならちゃんと金は払わないとなぁ。そのコーヒー、通常のサイズより十ミリリットル多いから、表示価格の倍な。あと、そのドーナツクッキーの分もちゃんと払えよ」
「は、はいっ。もちろんです。払わせていただきます」
 しょっぺーは財布を取り出し、お札をどさっと出して数え始める。
「それからさ、隠れ家的で人目につかないから客が来ないって言ってたじゃん? だから、これ」
 ティッシュがたくさん入った段ボールをしょっぺーの前にドンと置く。
「お前、これを駅前で配ってから帰れよ」
(了)