第47回「小説でもどうぞ」佳作 ウサギとカメの延長戦 小憶良肝油


第47回結果発表
課 題
逆転
※応募数347編

小憶良肝油
雲一つない晴れの日に、俺はウサギに勝負を挑んだ。
山のふもとでウサギを見つけ、後ろから声をかけたのだ。
「種目は、かけっこ。受けてくれるな?」
「僕はウサギで君はカメ。やる前から結果は分かっている」
振り返ったウサギは俺の近くまで跳んで、見下ろしてきた。
「なのにどうして勝負を仕掛ける」
「おまえたちウサギと俺たちカメは同じ生き物のはずなのに、一方は足が速く、もう一方は足が遅い。……不公平じゃないか!」
俺は首を伸ばし、ウサギをにらむ。
「だから俺はおまえに勝って、その不公平をひっくり返したいんだ」
「そういうことなら、受けて立つ」
ウサギは首をひねって、山の頂上に視線を移した。そこに、大きな木が見える。
「ここからスタートして、あのてっぺんに先に着いたほうが勝ちだ」
こうして俺は、ウサギと初めて勝負した。
一生懸命、走った。
しかしウサギは序盤からピョンピョンと走り、俺を瞬時に引き離した。
その後ろ姿が、すぐに見えなくなる。足音すらも、かき消えた。
結局、俺が次にウサギを目にしたのは、山頂のゴールに着いたときだった。
ウサギが近寄ってきて、俺の甲羅を鼻先でつつく。
「途中で投げ出すかと思ったよ。すごいね、君は」
「なぐさめないでくれ」
「とりあえず休もう。僕も体がほてってる」
頂上に生えていた大きな木の陰に、俺とウサギは移動した。
耳をパタパタさせるウサギを見つつ、俺は静かに口を動かす。
「あしたも、かけっこで勝負だ」
そんなわけで俺とウサギは、その日から毎日、勝負するようになった。
雨が降っても、風が強くても、例の山のふもとから、大木のある頂上まで走るのだ。
だが結果はいつも、ウサギの圧勝だった。
かけっこのコースを少し変えることもあった。
「いつもの僕たちは、ふもとから頂上までをまっすぐ駆け抜けている。けれど、きょうは山をらせん状にグルグル回りながらゴールを目指そうじゃないか」
ウサギの提案に首肯した俺は、その勝負でも手を抜かずに走った。
例によって序盤で、ウサギの姿を見失った。
が、山の中腹に差しかかったとき、ウサギに追いついた。
ウサギは道ばたの木陰で、穏やかな寝息を立てていた。
これをチャンスと捉えた俺は、足をとめずに前進する。
スタミナを温存しつつ、俺は山をグルグル登る。
しかし山頂の大木が視界に入った瞬間に、ウサギが風のように俺を追い抜いた……!
「また俺の負けだ。悔しいな。手加減したおまえにも勝てないなんて」
「手加減なんてしてないよ。いつもより長いコースだったから、適度な休憩を入れる必要があったんだ。でないと、僕は君に負けていたと思う。もちろん今までどおりの距離でグースカ寝てしまっていたら、きょうは君の勝利で終わっただろうね」
それから九百日以上、俺はウサギに勝負を挑み続け、ことごとく敗北した。
が、九百五十日を超えたあたりで、ウサギの動きがにぶくなってきた。
動きは日ごとに遅くなり、とうとう序盤に俺を引き離すこともなくなった。
理由を聞いても答えてくれない。真剣な目を見る限り、手を抜いているわけでもなさそうだ。
そして俺がウサギに初めての勝負を仕掛けた日から数えて、千日目を迎えた。
コースは、ふもとから頂上までをまっすぐに結ぶもの。
あの日と同じ、雲一つない晴れの日だった。
ゴール直前、俺とウサギは激しく競り合った。
しかし勝負を制したのは、やはりウサギだった。
ウサギは頂上にたどり着くと同時に、ばったりと横に倒れた。
俺はウサギを全身で押し込み、木陰に移動させる。
「もしかして、俺が無理をさせてしまったのか」
「いや、違うよ。寿命が尽きたんだ」
耳を力なく地面に垂らし、ウサギがほほえむ。
「カメである君はウサギの僕より長命だ。本当に不公平だね、同じ生き物なのに」
俺は、なにも答えられなかった。
「これからも君は、かけっこを続けていくのかい……? じゃあ、あしたからは、君のほうが先に頂上に着くことになるね。おめでとう、きょうから千一日後に、君の逆転勝利だよ……」
ついでウサギは目を閉じる。
「じゃあね……君と走る日々は楽しかった……ありがとう」
「俺も、同じ気持ちだ」
この声が、ウサギに届いたかは分からない。
太陽が沈んでから、俺はウサギを大木の下にうめた。
さらに月日は流れる。
俺は毎日、ふもとから山頂までを走り抜けた。ときどき、らせん状にも走った。
そしてウサギが土にかえった次の日から数えて千一日目。
山頂の木陰に宿り、その根元に目を向ける。
「これで俺は千一勝千敗で、おまえに勝ち越したわけだ」
俺は頭を、地面にこすりつけた。
「……なんてな。おまえは最初から、ここにいる。だから、勝負はずっとおまえの勝ちだよ。きょうで、おまえの二千一勝だ」
なぜか、いつもより木陰が涼しい……。
「カメはウサギより足が遅いっていう不公平は、結局ひっくり返せなかった。だけどおまえだって、俺とは違う不公平を感じていたんだよな」
ここで俺は、四つの足に力を込めた。
「おまえは速かった。尊敬する。俺は一勝もできなかったが、おまえの一生を見届けることはできた。だから俺は、カメに生まれてよかった。ありがとう、おまえと出会えたから、そう思えたんだ……」
根元に背を向け、涼しい木陰から出る。
「偶然だろうか。きょうも空には、雲一つない……」
(了)