第47回「小説でもどうぞ」佳作 ボケとツッコミ 三山敦


第47回結果発表
課 題
逆転
※応募数347編

三山敦
私は目の前で起きていることに戸惑った。ボケ担当の英二が突然ツッコミを始めたのだ。この決勝の大一番で、これまでの練習を台なしにする気か!という怒り以上に、目の前の真っ暗な闇の中にいるお客さんが引いてしまう恐怖を感じた。お互いやったこともない立ち位置で、無茶が過ぎる。膝が震えているのが分からないように、立ち振る舞うのが精一杯だった。お客さんは鋭敏だ。我々が思っている以上に「空気を読む」。話に陰りが見え始めたら途端に一歩下がり始める。
ネタはよくあるやつだ。やる気のない蕎麦屋の店員の英二と、やる気のある幽霊の自分が店のカウンターを挟んでお互いをののしるうちに、店員はやる気を取り戻し、幽霊はこの世に未練がなくなってサヨナラする、という話だ。
そして英二がツッコミの姿勢を変えないまま、店員が幽霊と入れ替わりたいと言い出す一番大事な場面に差し掛かった。
「はあ、アンタの代わりに死んでくるわ」
「はあ、よろしく、ってもう死んどるがな!」
というのが、予定のボケとツッコミで、そこから話が展開していって、
「おれ、アンタの分まで蕎麦打つわ!」
「私はあなたの分まで、幽霊やる気ないわ!」
で締まるはずだった。
「はあ、アンタもう死んどるがな!」
ついに私の中で時が止まった。
決勝までの待ち時間の間、控室には他の三組もいて、やりづらい雰囲気だった。私たちは、予選は四位通過に過ぎなかった。ここまでくると、何気ない会話でも手の内を明かすことにもなりかねないし、なにより気を休めることができない。英二を会場近くの喫茶店に誘った。
「一応足切りはクリアしたけどさ、他に比べてパンチに欠けるよな?」
「ああ、なんか桶狭間の信長みたいな状態だよな」
桶狭間? 信長? 夜襲でも仕掛けるつもりか?
同じ大学で隣の席でいつも落語を聞いている英二に、なんとなく声を掛けたのが始まりだった。私は小話を作るのが好きで、それを人に見てもらいたかったというだけで、別に漫才でなくてもよかったのだ。そう、音源はあるがスピーカーがない。それが私という人間だった。
一方で英二は語りの天才だった。何を話しても面白い。仕草、いやオーラというべきだろうか。正直中身がない話題でも笑いに変えていく。
いつしか私の話の組み立ては、展開はベタでも気にせず、英二がちょっとした駆け引きを加えて、面白さを際立たせる、そういう風になっていった。英二も何気ない話題でも少しずつ笑いを刻んでいって、オチに持っていくというやり方に手ごたえを感じたらしく、お互い暇を見つけては話を作り、練習した。
大学卒業後は、お互い違う道に進むことが決まっていた。とはいえ二十代の貴重な時間を費やしたことに対して、最後に大きな花火を打ち上げたい、というのは自然な流れだった。
この大会は、アマチュアが出場できる大会としては破格の賞金だった。普段の場末の寄席とは違い、自分と同世代やその上くらいが中心だった。そして予選からいつもとは格が違う相手が出ているということが、意識しなくてもビンビンに伝わってきた。通常英二に華を持たせて、自分が脇役に徹すれば、話に分かりやすい陰影がつけられるという点で、他をリードできることが大半だった。しかし今回残った四組はそういう部分ではほぼ横一線であり、あとはその上に何を持ってくることができるか、という勝負になっていた。
英二が目で訴えてくる、私は腹を決めた。ここはのるかそるかの綱渡り感を、敢えて味付けにして、ふんわりしていたオチにエッジを効かせて四位からの優勝を狙う。このまま平凡にオチにいったら、それなりに受けるかもしれないが、そこまでだ。大きく滑って何が悪い。お客さんをハラハラさせて、さらに食いつかせよう。私が気持ちを逆転させればいい。ただそれだけだ。幽霊が暗闇に向けて放った。
「……はあ蕎麦打つの、めんどい」
「焦りすぎや! 何やる気になってんねん!」
一瞬静まり返り、割れんばかりに笑いが起こった。もうこうなると多少ちぐはぐなボケとツッコミでも、どんどん笑いの波が立っていく。お客さんを楽しませるだけじゃなく、自分たちもそのハラハラ感の中にいた。充実感が増すごとに、自分の中で冷静さが増していくのも分かった。優勝賞金は英二に七割渡した。
「え、こんなにもらって、ええん?」
「俺からのお礼が二割。最後に悔いが残らなくてよかったよ」
英二は不意にしんみりとつぶやいた。
「俺たちは信長になれたけど、今川もかわいそうだよな」
このときは、いつものようにボケたのだと思っていたが、彼はそうすべきだったかどうか悩んでいたとあとから別の友人を通じて知った。
「英二さ、よく言ってた。敗者の出る漫才は難しいねって」
「あのとき、僕も会場で君たちの漫才見ていたけど、英二は滑って負けることを望んでいたんじゃないかな。誰かが逆転すれば、誰かが逆転される。そういうのにサヨナラしたかったのかもしれないよ」
(了)