第47回「小説でもどうぞ」選外佳作 パラダイス世田谷管理組合定期総会 ヨハン ヨセフソン


第47回結果発表
課 題
逆転
※応募数347編
選外佳作
パラダイス世田谷管理組合定期総会 ヨハン ヨセフソン
パラダイス世田谷管理組合定期総会 ヨハン ヨセフソン
「えー、それでは、来年度の管理組合理事長の件ですが」
現理事長、一〇一号室の山本さんが火蓋を切り、集まった十二世帯の人達の視線が私に集まった。私の住むマンションは管理組合理事長を順番制にしている。一部の人が力を持たないよう公平にという意図らしい。
「次は田中さんの番ですな」と山本さんが言った。
私は言いにくかったが覚悟を決めて、
「あの、すみません。うちは今、母の介護があって、どうしても無理で……」と答えた。
「そうですか。順番的には田中さんなんですが」と山本さんが言った。
――そうなのだ。十二年前、父が健在の時にやって以来、うちは理事長をやっていない。でも今の我が家の状況ではとても無理だ。どうすれば……。
「うちも父の介護があるけど去年やりましたけどね」と一〇三号室の西さんが言った。
あなたの所は夫婦で面倒見れるでしょ。と私は一人っ子介護の切実さを訴えたかったが、
「そうでしたねえ。まあ、このマンションも築四十年。年寄りばかりですから、皆、似たような状況ですよね」と山本さんは西さんの意見を受け入れた。
「ホントに。私なんか、この間、電車で席を譲られましてね。あれも複雑な気分ですなあ」
と一〇二号室の前田さんが言うと、
「あら、前田さんはまだ若く見えますよ」と二〇一号室の吉永夫人が答えた。
「まあ、色々、重なる時は重なるもんです。それが道理です」と一〇四号室の徳田さんが、やって当たり前とばかりに私を見て言った。
「そうですね。音楽も同じです。演奏する前は怖いですが始まれば何とかなるものですよ」
と自称音楽家の二〇四号室、近松さんがよく分からない例えを言い、私を見て微笑んだ。
「田中さん、まあ、これはルールですからな」と山本さんが身も蓋もなく言った。
「時間が取れなくてご迷惑おかけする事になっても……」と私は正直なところを伝えたが、
「田中さん、やってもらえたら皆、喜びますよ」と一〇二号室、前田さんが無邪気に言い、
「いい事じゃないですか。皆に喜んでもらえるって」と二〇一号室、吉永夫人がお花畑のような一言をさらに被せた。
「あの、一年待っていただく訳には……」
一年後、母は施設に入っているかもしれない、あるいは私は一人ぼっちなのかも……と思いながら私は言った。
「そうですか。田中さんの次の番といえば細野さんですが」と山本さんが細野さんを見た。
「え? いや、あー、なるほど。どうしてもと言うなら、田中さんと分担しながらとか」
と二〇二号室の細野さんが答えた。ずる賢い細野さんらしい返事だった。
「分担は前例がありませんからなー」と案の定、山本さんが保守的な定型句で否定した。
「『to be, or not to be』さて、どうしますか」と自称音楽家の二〇四号室、近松さんが変な引用で仕切り直した。
「トゥビ?」と二〇三号室の鈴木夫人が、近松さんに聞き返すと、
「まあ、やるべきかやらぬべきかということです」と近松さんが答えた。
「すみません。私、横文字が弱くて」と恥ずかしそうに鈴木夫人が言った。
「ま、遅かれ早かれ順番は回ってくるし。ね?」と誰かが言った。
ね?って何?
「私たち『パラダイス世田谷』の十二世帯は運命共同体ですよ。無理な所は助け合って。ね?」と誰かが言った。
だから、ね?って何ですか?
「田中さん、これはルールですからな」と山本さんがダメ押しをした。
ダメだ、誰にもわかってもらえない……と私が思ったその時、
「私は隣なので田中さんがお一人でお母さんの介護をしながらお仕事に行かれる所を見ています。公平にというのが原則ですが、そんな方にお願いするのはやはり私は反対ですね」とお隣の三〇三号室、真島さんの低く落ち着いた声が会議室に響いた。
「あの……私も……そんな大変な思いをされている方にお願いするのは……」と二〇三号室の鈴木夫人が勇気を振り絞るように言った。――皆が一斉に山本さんを見て、山本さんがひるんだ瞬間、二〇一号室の吉永夫人が、
「私も田中さんには無理だと思います」と言った。
「あなた、さっきは田中さんを推されてませんでしたかな」と山本さんが言うと、
「私は皆に喜んでもらえるのはいい事ですよと言っただけです!」と吉永夫人が「失礼な!」と言わんばかりに語気を荒げた。
「いいですか?」と三〇一号室の里中さんが手を上げた。
「確かにここも年寄りばかりで、もし孤独死なんて事があればマンション全体の問題です。そうならないような仕組み作りもそろそろ必要でしょうな。あと建物の大規模修繕の件も解決しないと。来年は、古参で元気な山本さんと前田さんと私で、この問題に筋道をつけて、あとの世代に引き継ぐ事にしませんか」と里中さんが総括するように言った。
再び集まった皆の視線に、山本さんは耐えかねるように、
「……そうですな。このままじゃ埒が明かないし、田中さんが介護でできないというのも、まあ、何かの合図かもしれませんな。どうですか、前田さん」と言った。前田さんは山本さんが言うなら……といった感じで頷いた。
「では、来年は私と前田さんと里中さんが理事で、内一名を理事長として今後の体制作りに皆さんもご協力いただくと、いう事でよろしいですかな」と山本さんが締めくくった。
――総会が終わり、鈴木夫人が私の元に来て微笑んだ。私がお辞儀をして、
「何と言うか……最後はサプライスの連続でまだ驚いています」と言うと、
「サプ?」と鈴木夫人が私に聞き返した。
(了)