第47回「小説でもどうぞ」選外佳作 逆転サヨナラゲームの記念ボール ササキカズト


第47回結果発表
課 題
逆転
※応募数347編
選外佳作
逆転サヨナラゲームの記念ボール ササキカズト
逆転サヨナラゲームの記念ボール ササキカズト
高校野球の県大会。俺たちのチームは逆転サヨナラゲームで勝利した。俺はその記念ボールを持っている。家の机の引き出しの中に、大切にしまってある。
なあ、ボールよ。俺はがんばったよな。
「ああ、がんばったよ」
最近、ボールの声が聞こえるようになった。このボールは、俺を励ましてくれる。
「お前は本当によくがんばった。だから気にするな」
え? 気にするなって、何を?
「いや、思い出せないのならいいんだ。思い出さなくていい」
気になる。何のことを言っているんだ。
「お前はがんばったんだから、それでいいんだよ」
そう。俺はがんばった。がんばって逆転サヨナラで勝った。勝った……んだっけ? どんな試合だったのか思い出せないぞ。
「思い出さなくていい。思い出すな」
ちょっと待てよ、ボール。思い出せないなんておかしいよ。俺はちゃんと思い出したい。
「……しょうがないなあ」
俺は炎天の野球場にいた。ショートを守っている。そうだ、俺は内野手だった。
県大会の決勝戦。九回の裏、ツーアウト一塁二塁。三対二で俺たちのチームが勝っている。今打席に立っているバッターをアウトにすれば優勝だ。
カキン!
平凡なゴロが、俺に向かって転がってくる。取りやすいゴロだ。俺はしっかりとグラブに球を収めた。そしてすかさず投球動作に入る。だがセカンドに投げようとランナーを見ると、アウトにできるか微妙だった。ファーストに投げて確実にアウトを取ろう。
「えい!」
俺が投げた球は、ファーストの頭のはるか上をいく大暴投だった。ランナー二人がホームインして、俺たちのチームは逆転サヨナラ負けをした。
俺はその場に崩れ落ち、地面を両手で強くたたいた。
そうだ。俺のエラーで、俺たちは逆転サヨナラ負けをしたのだった。
「気にしない気にしない」とボール。
気にするわ!
トラウマすぎて記憶から消し去っていたんだ。俺はあれから野球ができなくなった。
……ところで、なぜそんなボールが俺のところにあるんだ? お前、あのときのボールなのか?
「そんなわけないでしょ」と、すごく優しくボールは言った。
「父さんが、みかんに何か言ってるぞ。ボール……とか何とか」
「お義父さん、大丈夫ですか。それはみかんですよ。ボールじゃないですよ」
いつの間にか、横に息子夫婦がいた。
ここは病院だ。俺はベッドに横になっていた。
「倒れたばかりで記憶が混乱しているけど、すぐ戻るって先生が言ってましたよ。軽い脳しんとうだって」と息子の嫁。
そうか。俺は公園を散歩中、転んで頭を打ったんだ。誰かが救急車を呼んでくれて病院に……。それで近くに住む息子夫婦が見舞いに来てくれたのか。
「父さん、高校時代の野球のこと思い出していたのかい」と息子。俺は息子にサヨナラエラーの話をしたことはない。
「お義父さん高校野球やってたの? 知らなかったわ」
息子が小声で嫁にした話が、俺にはよく聞こえた。
「大事な試合で、父さんのサヨナラエラーで負けたことがあるんだって。それで野球やめたって、死んだ母さんが言ってた」
突然、息子夫婦の間から、少女がひょっこりと顔を出した。
「じーちゃん、売店でチョコ買ってきたけど食べる?」
かわいくて優しい孫娘の珠美だ。もう中学生になったんだっけ。
「珠美、おじいちゃん高校野球やってたんですって」
「え、まじで!」
「お義父さん、珠美も中学で女子野球部に入ったんですよ」
「そうか!」
なんと、珠美が野球を。なんだか嬉しいな。だが俺は……。
「じーちゃん、聞いてよ。うちこの前、市の大会の決勝でサヨナラエラーやっちゃった。最後うちがファーストに投げたボールが、まじでエグい大暴投」
何と……俺と同じではないか。
「え? 何この空気。うち何かまずいこと言った?」
息子が珠美に耳打ちをする。
「アハハ! じーちゃんも? なにこれ、遺伝?」
珠美はおどけているが、きっと心に傷を負っただろう。
「珠美もつらかっただろ。わかるぞ」
なんとか珠美をなぐさめてやりたい。
「まあ悔しかったけど、やっちゃったものはしょうがないよ。試合後に打ち上げでファミレス行って、みんなで大笑い。ありえんだろって」
大笑いだって?
「うちらのチーム、楽しくプレイがモットーだから。気にしない気にしない」
気にしない……。
「逆転エラーで敗れた次の日、学校で『気にしない気にしない』って言われたことを思い出したよ」
クラスメイトの女の子だった……。
「それってもしかして……母さん?」と息子が言う。この話も息子にはしたことはない。
「気にしない気にしないって、ばーちゃんの口癖! それよかクラスメイトだったの? うわ、アオハル。ラブじゃん」
アオハル? ラブ……。孫にそんなこと言われるとは。変な汗が……。
「なんだか珠美、変わったな。……珠美は、ギャルなのか?」
「ウケる。ギャルじゃないし」
ギャルではないのか。
二週間後。公園で珠美とキャッチボールをした。
ボールを投げながら「じーちゃん」と珠美が言った。
「なんだ」と、投げ返す。
「高校時代のエラー、まじで気にしないほうがいいよ」と、珠美のいい球。
心が静かにとけていく感じがした。珠美は幼いころと変わってない。かわいくて優しい。
次はわざと暴投で返した。
「ああー!」と、遠くに転がるボールを追っていく珠美。
そのあいだにシャツで顔の汗を拭いた。目から出た汗を拭くのを珠美に見られたくなくて、わざと暴投で返したのだ。泣いているなんて思われたら、珠美にまた何を言われることか。
(了)