公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第47回「小説でもどうぞ」選外佳作 記憶の行方 久野しづ

タグ
小説
小説でもどうぞ
第47回結果発表
課 題

逆転

※応募数347編
選外佳作 

記憶の行方 
久野しづ

 退院の際、医者に告げられた。
「体の方はもう問題ありません。ただ、記憶の方は戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。思いつめず、気長に待たれるとよいでしょう」
 実家へ帰るフェリーから誤って落ち、助けられて一命をとりとめたが、僕は何もかも忘れてしまっていた。
「ここがあなたの住んでいたアパートだ」
 とりあえず連れてこられた。殺風景なその一室は、綺麗に整頓されていた。だが、部屋に入って違和感を持った。
 ――一人で住むには広くないか。2LDKだ。何も置いてない部屋が一室あった。
 僕が使用していたと思われる部屋に入る。机と椅子と本棚。テレビはなく、ノートパソコンがあるだけだった。
 机の椅子に座る。天板は片付けられていた。引き出しを開けると、A4の紙が一枚。「探さないで下さい」と印字してあった。誰を? もしかして、ここで一緒に住んでいた彼女とかか。
 僕を知る手がかりになるかもしれない。水没したスマホも復元されて手元に帰ってきている。一斉送信してみた。
 メールを送ってからしばらくして、木根悟子という女性から電話がかかってきた。即座に電話に出た。しかし、誰と付き合っていたかという問いには芳しくない返事がきた。
「本当に何も覚えていないのー?」
 受話器の向こうでため息が聞こえた。
「あなたが誰と付き合っていたかですって?」
 悟子はもったいぶっているのか教えてくれない。じれったくなって単刀直入に切り出してみた。
「もしかして、あなたと付き合っていたとか?」
 一拍間があった。何の一拍だろうか。
「あたしー? 冗談キツイわよ。克也に訊けば?」
 電話は切れた。アドレスには克也の名前もあった。メールを送信してあるのに、音沙汰がない。だが、悟子は克也に訊けと言った。待っていなければならないいわれはない。すぐさま電話をかける。一度目は話し中。少し待ってかけるとつながった。
「さっき、悟子から連絡があった。お前から電話がかかってくるだろうって」
「僕と付き合ってた人を教えてもらえませんか」
 僕がそう訊くと、克也もやはり悟子と同様にため息をつく。
「お前、会社辞めたんだろ? 働き口紹介してやるよ」
 一体、彼女はどんな子だったのだろう。悟子も克也も彼女のこととなると、歯切れが悪い。けれども、生きていくためには金を稼がなければいけない。親のスネをかじる歳でもなかろう。どうやら僕は無職のようだし。
 翌日。克也に教えてもらったうどん屋に出向いた。午前十一時。うどん屋には暖簾がかかり、営業中のようだった。戸を開けて中に入る。平日だからか、客は二人しかいなかった。テレビの音だけが、賑やかに店を盛り上げていた。
「よう、来たな」
 二十五だという僕よりは少し年上。二十七、八歳くらいの細身の男性がカウンター越しに声をかけてくる。店主だろう。
「克也に紹介してもらった」と言うと、哀しそうに笑った。
「マジで忘れてやがんの」
 その反応に、僕は戸惑う。
「あなたも僕と知り合いだったのですか」
「知り合いも何も、俺が克也だよ」
 テレビが臨時ニュースに切り替わった。
「たった今、フェリーから落ちた女性の死亡が確認されました。目撃者によると、女性は自ら海へ飛び込んだ、ということです。亡くなったのは〇〇市××に在住の木根悟子さん二十八……」
「何だって⁈」僕は強いショックとともに猛烈な頭痛に襲われた。うずくまる僕を心配して克也が奥から出てくる。
「大丈夫か」
 しばらくうずくまっていた僕は静かに立ち上がった。
「……大丈夫。思い出したよ。『探さないで』とは親に宛てた遺書だ。悟子も克也のことが好きだったんだよね」
「お前の俺への気持ちを断ち切らせるために、『フェリーから海へ飛び込めば付き合ってやるよ』って言えばあきらめるわよって悟子にそそのかされた」
 いや。と克也はかぶり振った。
「それを本当にお前に言った俺に全部責任があるんだ。だから、悟子に『俺は隆太を選ぶ。俺のことは忘れてくれ』と伝えた。それがこの結果だ。まさか、お前が死を覚悟して本当に海へ飛び込むなんて。そこまで思ってくれるのなら、隆太を受け入れるよ。お前、広い部屋に引っ越したんだってな。転がり込んでいいか。悟子は俺への当てつけで死んだが、それもひっくるめて俺はお前を一生大切にする」
(了)