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第45回「小説でもどうぞ」落選供養作品

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編集部選!
第45回落選供養作品

Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第45回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。
そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!
今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。


【編集部より】

今回は猪口太郎さんの作品を選ばせていただきました!

毎週水曜日、主人公のナツは公園のベンチに座ると不思議な男性と隣同士になる。その男性はナツの日常における小さな歪みや失敗を予測し、毎回当てるので、ナツは欠かさずベンチに座るようになった。

しかしある水曜日、ナツは好きな人との約束を優先して公園のベンチへは行かない。すると、次の水曜日に待っていたのは……。

少し不思議な雰囲気から始まるこちらの小説、みなさんもぜひ味わってみてください。

惜しくも入選には至りませんでしたが、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。また、つくログでは他の方の作品も読むことができますので、ぜひお越しくださいませ。

 

課 題

隣人

水曜日の隣人 
猪口太郎

毎週水曜日、午後四時。
ナツは町はずれの公園にある噴水の前のベンチに座る。
隣には決まって彼がいる。名前は知らない。
年齢も、職業も、好きな食べ物も、何ひとつわからない。
彼は毎週違う服を着て、決まって左手に笛のようなもの、右手には一週間前の天気の記録を持っている。

「来週火曜、君は卵を落とすよ。二つ。スーパーの袋、脆いからね」

彼はそう言って、ナツの顔を見るでもなく、空を見上げた。
ナツは聞き返す。

「それじゃあ袋を二重にすれば?」
「うん、でもそうすると月曜にコーヒーが漏れる」

その言葉に、ナツは小さく笑った。
彼は、そんなことばかり話す。
火曜日の卵、日曜の風、金曜の水たまり。
ナツの生活の小さな歪みや失敗をまるで予報のように語ってくる。
最初は冗談だと思っていた。
でも彼の言葉はいつも当たる。
だからナツは、水曜日になると決まってこのベンチに座るようになった。

もともと彼女の生活は、滑らかではなかった。
仕事は派遣の編集アシスタント。
毎週変わる締め切りに追われ、人間関係も浅く、休日は寝て過ごす。

だけど水曜日だけは違った。
彼と話すその時間だけ何か流れが整っていくような不思議な感覚があった。
ある週、ナツは思い切って尋ねた。

「ねえ、あなたは誰なの?」
「僕は、予報士みたいなもんだよ。気象じゃなくて、運命のズレを読む」
「運命って、そんなにズレるもの?」
「ズレるとも。人間が一日にする選択のほとんどは、無意識だろ?だからその小さなズレを僕が水曜日にちょっとだけ整えてる」

ナツは考え込む。

「じゃあ、私は整えられてる?」
「もちろん。でも同時に、君が僕を整えてるんだ。水曜日に君がここに座ってくれることで、僕の役割も固定される」

彼はそう言っていつもの笛をくるくる回した。
「水曜日の隣人は毎週変わる。でも君が隣に座る選択をし続けたから、僕はずっと君の隣人になった」
それは、少し不思議で、少しうれしい響きだった。

ある週。ナツはベンチに行かなかった。
理由は単純だった。
好きな人と映画を観る約束が入ったから。
未来の失敗なんて気にしない。
そんな気持ちだった。

「この偶然は、私の選んだ今なんだから」と自分に言い聞かせた。
約束の相手は同じ編集部の契約社員の斉藤だった。
大きな瞳と不器用な笑顔の持ち主で、以前から何となく会話が弾む相手だった。

でも待ち合わせの時点で少し違和感があった。
斉藤はスマホを見ながら
「遅れてごめん、仕事が押してさ」
と言ったがその視線はナツではなく、向こう側のカフェのメニュー表に向いていた。
彼の声は少し上の空で、言葉がところどころ薄く感じられた。

映画は、どこか心が入ってこなかった。
彼が途中で何度もスマホの通知を気にする様子が視界に入り、そのたびにナツは画面よりも彼の指先ばかりを見ていた。

映画を見終わってから駅前のレストランに入りオムライスを頼んだ。
斉藤が「こういうの、久しぶりかも」と笑ったが、話題はずっと彼の同僚の愚痴とスマホのメッセージの返事についてだった。
ナツは黙って相槌を打ち自分のスプーンを見つめた。

斉藤がふと笑って「また、来週も行けたらいいね」と言ったとき、ナツの胸には何も残らなかった。
ただ、噴水の前のベンチの空白が、音もなく胸の奥で広がっていった。
その瞬間、水曜日のベンチが遠ざかっていく音が確かにした。
でもナツは目をそらし、気づかないふりをした。
夜風の中で手ぶらになったナツはなんとなく空を見上げ、目を閉じた。
水曜日に、あのベンチに行かなかった自分を、どうにも許せなかった。

翌週。ナツは早めに家を出て、ベンチに向かった。
彼はきっと少し怒っている。
そんな風に思いながら。

けれどそこにいたのは別の誰かだった。
灰色の帽子に白いスーツ。
無言でベンチに座るその人はナツをじっと見たあと、低く静かな声で言った。

「水曜日の隣人は一回でも不在だった場合、巻き戻しに入ります」

「……え?」
「次の水曜日、君は十歳に戻る。これは契約だから」
「ちょっと待って。巻き戻しって何?そんな話、聞いてない」
「選ばれた君には最初から選択肢はなかったんだよ。最初の水曜日、君が座ったときから時間はループ可能性を含みはじめた」

その言葉のあと世界がふっと傾いた。
まるで地面が水になって足元から沈んでいくようだった。
目を覚ますとナツは小学生の制服を着ていた。
見慣れた通学路、見慣れたランドセル。

そして放課後。
彼女は無意識に公園へと足を運んでいた。
ベンチには青年が座っていた。
見知らぬ顔。
けれどどこか懐かしい。
左手には笛、右手には天気の記録。

ナツは彼の隣にそっと腰を下ろす。
ランドセルの重みが不思議と心地よく少し泣きそうになる。
しばらく沈黙が続いたあと彼が言った。
「……じゃあ今日は、未来の話をしようか」
ナツは、小さくうなずいた。
彼が誰なのかは、思い出せない。
でもなぜか、涙がこぼれた。
そして、遠くで噴水がまたひとしずく音を立てた。

(了)