第48回「小説でもどうぞ」選外佳作 勝者の味方 柳小夏


第48回結果発表
課 題
孤独
※応募数439編
選外佳作
勝者の味方 柳小夏
勝者の味方 柳小夏
競泳のレースは招集場所で係員から名前を呼ばれるところから始まっている。名前が呼ばれ「はい」と細く返事をしながら係員の前まで行く。プログラムに書かれている名前と首から下げている選手証、そして選手証に付いている写真と顔を照らし合わせ、間違いないことを確認してもらい待機室へ入った。待機室には一面マットが敷いてあり、みんなそれぞれがリラックスした状態で自分のレースの準備をしている。音楽を聞きながらストレッチをしている者。知り合いと話している者。水着の肩紐の調整をしている者。雰囲気に負けて端っこで体育座りしている者。私だ。
初めて出る全国大会。私もちゃんと全国大会に出場ができる資格があるからこの場所に立っているものの、「全国大会」という雰囲気に負けまくりでもう帰りたい。
「初めてだから緊張するかもしれないけど楽しんでこい」
先生からそう言われ送り出されてきた。励ましと応援のつもりなんだろうけど、普通に考えて無理だから。
初めて立った大きな舞台。ずっと憧れていた、夢にまで見た舞台なのに。こんなにも怖い場所なんて思ってもみなかった。おそらくただ慣れていないからだけだと思い込み、とにかく必死に「大丈夫。私なら大丈夫。できる。やれる」と自分に暗示をかけ続けた。
少しずつ近づいてくる自分のレース。緊張というか恐怖でいっぱいになりすぎて、ここはどこ? 私はなんでここにいるの? なんて記憶喪失みたいなことを頭の中で考えながら帽子を被ろうとして、いつもなら一回で被れるのに上手く被れない。何度も被り直してしまう。ゴーグルもしっくり来ない。ずっと腕を上げて帽子やらゴーグルやらをいじっていたらもう腕が疲れた。そんなこんなしている間に自分の泳ぐ番が来てしまった。
待機室からプールサイドに出た瞬間、ライトの光が煌々としており、応援の声が四方八方から聞こえる。正直何を言っているのかわからない。でもたくさんの人が誰かに向かって大きな声を上げている。県大会、地方大会とでは比べ物にならないくらいの高揚感。これが選ばれた者しか見られない景色。気分が上がってくる。
いざスタート台の前に立ち、プールに一礼をする。そのあと自分のコースを担当している競技員に一礼する。礼を終え、着ていたジャージを脱ぎ、かごの中に入れる。プールの先にある壁についている電子掲示板にはこれから泳ぐ人の名前が表示されていて、自分の名前もあった。高鳴りが止まらない。笛の音がした。スタート台に上り、スタートの準備をせよという合図。水面から一メートル以上あるスタート台に上る。
「Take your marks……」
飛び込んだ瞬間、上手く入水できれば水は私を受け入れてくれる。はず、なのだが。私は手を前にではなく、下に向けてしまい深く潜りすぎて浮き上がりから出遅れた。そのあとは斜め前に見えるライバルたちの姿が遠くに行くのを見ながら泳ぎ続けた。いつもより呼吸が出来ない。さっきまで隣のコースのライバルたちが水をかく音がしていたのにそれもどんどん遠のいてく。泳いでいると応援はほとんど聞こえない。聞こえるのは自分がかく水の音、呼吸、隣のライバルたちの水の音。初めて早く終わってほしいと感じた。自分が惨めでいたたまれなくなった。ゴーグルに涙がたまり、前がよく見えない。こんなに長く感じるレースは初めてだった。それでも途中でやめるわけにはいかないからなんとか泳ぎきらなくてはいけない。
壁にタッチをし、背面にある電子掲示板を見る。電子掲示板に自分の順位とタイムが見えた。今季最悪の結果だった。散々な結果を見てなんの感情も浮かばなかった。ただ、ああ、レースが終わったなあというだけ。コースロープをくぐり、サイドまでいき疲労困憊の身体を持ち上げ水から上げる。競技員にお礼をいい、脱いだジャージをかかえて先生の元へ行く。
「初めての全国の舞台なんてこんなものだよ」
と労いと見せかけて皮肉たっぷりの励ましをされて、大会後の練習が怖いなあなんて思いながら更衣室へ向かった。
数時間後、出場した種目の決勝が行われた。レースが始まって私は息を飲んだ。速さはもちろんすごいと思ったが、なによりひとりひとりのしっかりとした意志が、強さがそこにはあった。彼らにはあって私にはないものは何なのか。それは孤独を味方につけていること。
競泳はたった独りで勝負する。誰のせいにも出来ない。水の中に入るとみんな独り。いや、泳ぐ前から独りであることを理解し、誰も寄せつけない、私こそが一番だと思えるための気持ちが必要なのだ。雰囲気に慣れている慣れていない、初めてだからとかの問題ではない。私に明らかに足りないものは、独りであることを怖がらないことだ。
孤独を味方につけられるだけの強さがほしい。来年までみっちり練習しよう。早く練習したい。彼らと同じ舞台に立ってみたい。
いや、立つだけではもの足りない。次に勝つのは、私だ。
(了)