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第48回「小説でもどうぞ」選外佳作 夏休みの秘密 藤宮杏奈

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小説
小説でもどうぞ
第48回結果発表
課 題

孤独

※応募数439編
選外佳作 

夏休みの秘密 
藤宮杏奈

 ぼくは海斗。小学四年生の十歳だ。
 今年の夏休みから学童をやめて、鍵っ子になった。一人っ子だし、家に帰っても誰もいない。外は暑いし、友達はみんな塾に通いはじめて、遊び相手もいなくなった。
 夏休みにひとりでいるのは、けっこう長い。テレビもゲームも、すぐに飽きちゃう。誰ともしゃべらないまま一日が終わることもある。パパは学校の先生で帰りが遅いし、看護師のママは夕方五時を過ぎないと帰ってこない。お昼はママが用意してくれたご飯を、ひとりでチンして食べる。
「弟か妹がいたらなあ」
 せめて犬でもいたら、一緒に遊べるのに。そんなことばかり考えていた。

 ある日の午後、ぼくは庭でボールを蹴っていた。うちは九州の田舎の一軒家で、庭だけは広い。
「お兄ちゃん、なにしてるの? ぼくもボールしてもいい?」
 知らない男の子が、塀の外から顔をのぞかせた。八歳か九歳くらいだろうか。田舎では見かけないような美少年で、ニコニコしていた。
「いいよ」
 そう言ってから、ぼくたちは一緒にボールを蹴りはじめた。
 その日から、その子は毎日来るようになった。名前を聞いても、「んー、ひみつ」と笑うだけ。どこに住んでいるのかも教えてくれなかった。でもそんなことはどうでもよくて、かくれんぼをしたり、虫とりをしたりして、庭や公園で思いきり遊んだ。
 名前を聞いたのは、だいぶあとだった。「シン」――それが彼の名前だった。
 シンは、妙に落ち着いていて、どこか都会っ子のようだった。九州なまりがなく、標準語を話した。テレビ以外で、そんな話し方を聞いたのは初めてだった。
「弟ができたみたいだな」
 ぼくが言うと、シンは「うん」と恥ずかしそうにうなずいた。
 シンは家族のことは何も話さなかった。
 そしてママたちが帰ってくる前に、いつも風のように姿を消した。どこに帰っていくのか、ぼくにはわからなかった。でも、毎日ワクワクしていたから、ママも「最近、海斗は楽しそうね」と嬉しそうだった。

 ある日、家でシンを待っていても来なかったので、心配になって自転車で公園に向かった。すると、シンが大きな野良犬に睨まれて、動けずにいた。
 ぼくも怖かった。でも、とっさに自転車を降りて犬に向かって石を投げ、「シン、こっちに来い! 自転車に乗れ!!」と叫んだ。
 野良犬はびっくりして、どこかへ逃げていった。
「海斗お兄ちゃん、ありがとう」 
 シンは自転車の後ろで目を輝かせて言った。ぼくも嬉しかった。
「シンの家、どこ? 送っていくよ」
「……いいよ」
 彼は渋ったけれど、どうしても家を知りたくて、ぼくは二人乗りで送っていった。
 そこは古いアパートだった。
 家に着くと、シンに似た女性が出てきた。ぼくを見ると、驚いたように固まった。
「友達?」
 彼女の日本語は少したどたどしくて、外国人のようだった。シンの顔立ちも、たしかにハーフっぽい。玄関から見えた部屋の中はがらんとしていて、生活感がなかった。家具もほとんどなかった。ぼくが戸惑っていると、シンがぽつりと言った。
「ぼくのお父さん、怪盗ルパン四世なんだ」
 数年前にあった、五億円強奪事件の未解決犯――。
 テレビで見たその名前を聞いて、ぼくはキョトンとした。
「バカなこと言わないの!」
 シンのお母さんが金切り声をあげて、聞いたことのない外国語でシンを怒った。
 ぼくはいたたまれなくなって、「じゃあ、帰るね」と言った。するとシンが、「そこまで送るよ」と言って、ぼくと一緒に外へ出てきた。
 帰り道、シンは言った。
「今日は助けてくれてありがとう。ずっと遊んでくれてうれしかった」
 彼は泣いていた。
 涙の意味がよくわからなかった。
「泣くなよ。明日はうちでゲームボーイしようぜ」
 そう言って別れた。振り返ると、シンはさみしそうな顔で、見送っていた。

 次の日、ぼくは朝早くからゲームボーイを持って庭で待っていた。
 でも、シンは来なかった。
「きょうは雨だからかな」と思ったけど、次の日も、その次の日も来なかった。
 さすがにおかしいと思って、アパートに行ってみた。チャイムを押しても、誰も出ない。すると、チャイムの音を聞きつけた隣のおじさんが出てきた。
「君、あの子の友達かい? 夜逃げしたみたいよ。警察も来て、大変だったんだよ」
「夜逃げ」の意味はよくわからなかったけれど、もうここにはいないことだけはわかった。ぼくは泣きながら家へ帰った。
「……夢だったのかな」
 そんな気もしてきた。
 あんなに楽しかったのに。
 シンの声も、笑顔も、手のぬくもりも、ぜんぶ本当だったのに。
 しょんぼりしているぼくを、ママは心配そうに見ていた。
 だけど、シンのことも、アパートでの出来事も、夜逃げの話も、誰にも言わなかった。
 言ってはいけない気がしたのだ。

 そんなある日、夕飯のあとに、ママとパパがモジモジしながら言った。
「……あのね。赤ちゃんができたの」
「ほんと?」
「ほんとよ。まだ小さいけど、もうすぐお腹がふくらんでくるわ」
「男の子? 女の子?」
「それはまだわからないの。でも、きっといいお兄ちゃんになれるよね」
 ぼくはうれしくて、うなずいた。
「きっと、男の子だよ」
 うなずきながら、思った。
 ――やっぱり、あの子は、弟だったんだ。
 ――きっと、あれは未来の弟が、会いにきてくれたんだ。
 そうして、ぼくの孤独な夏休みは、静かに終わった。
(了)