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第48回「小説でもどうぞ」佳作  白日夢 深谷未知

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小説
小説でもどうぞ
第48回結果発表
課 題

孤独

※応募数439編
白昼夢 
深谷未知

 視線を上げると、バスの窓からどんより曇った空が見えた。バスには、多くの人が乗っていて、私の席から通路に立っている人が数人見えた。今日は、アルバイトが終わり、帰宅するバスの中でこのまま帰るのも寂しいなと、考えていた。
 だからといって、用事があるわけではなかった。バスの窓から流れる景色を見ながら、ふと以前住んでいた町に行こうと思った。このバスの終点に、以前住んでいた町がある。それを思いついて、何だかワクワクしてきた。
 私の人生に楽しいことなどない。アルバイト先にも大学にも友人と呼べる人はいない。でも、人との関りを断っているわけでもない。ただ、必要以上に親しくしようとしないからかもしれない。時々とてつもない寂しさと孤独に苛まれることもある。自分のこうした部分をどうにかしようとしたが、無理だった。
 いつも降りているバス停を過ぎて、バスは以前住んでいた町へと進んでいく。気づけば、バスに乗っている人は、私を含めて三人いた。皆、俯いている。私の席からは、背中しか見えず眠っているのか、スマートフォンを見ているのか、本を読んでいるのか判断がつかなかった。
 ふと、以前にもこうしてぼんやりあてもなくバスに揺られていたことがあった。高校生の時だった。同じクラスの女の子を見かけたからだ。私の二つ前の席に座る彼女をぼんやり見つめた。クラスではいつも一人でいる子だった。誰とも喋らないわけではない。むしろ気さくに話せるが、一人でいることを選んでいるようだった。
 いつもはバスで見かけない彼女が、どこへ行こうとしているのか気になった。彼女の後を追いかけてバスを降りた。いつも降りたことのないそのバス停は、住宅街の途中にあった。彼女は民家が立ち並ぶ道を迷いなく歩いていく。しばらく後を追っていると、ふと開けた場所に出た。彼女は、橋の途中で足を止めた。下を流れる川を覗き込んでいる。その視線が、すごく寂しそうに見えた。もしかしたら、彼女も孤独を感じているのかもしれない。話しかけることなくそのまま引き返した。
 あのバス停は、どこだっけと思っていると、今乗っているこのバスの路線にあったと思い出す。その場所に久々に降りてみることにした。空気が抜ける音がしてバスの扉が開いた。あの日のことをしっかり思い出した。彼女のすらりとした細い体、腰まで伸びた髪が、風に緩やかになびいていた。迷いなく突き進む彼女の歩みの確かさ、それがすごく頼もしく見えた。
 記憶を頼りに歩き続けるとふいに、あの日の橋が目の前に現れた。彼女の姿を探してしまう。彼女がいた辺りで歩みを止めて下を覗き込んだ。川の流れは緩やかで、魚の影が見えた。あの日あの子は、私が見ていたことも知らずに、どんな気持ちでここにいたんだろう。あの表情から何も読み取ることもできず、声もかけられず、あの日声をかけなかった自分にただ腹が立った。
 ふわりと風が橋に吹き抜けていく。少し遠くに似たような大きさの橋がある。そこに私と同じように立っている人がいた。少し離れているのでどんな人か分からないが、女性のようだった。その人が、こちらにゆっくりと手を振る。誰なのか分からないまま、私はその人に手を振り返す。こちらが手を振ると、嬉しそうに体を揺らし、先ほどよりも大きく手を振り返してくる。あの人は一体誰なんだろう。
 思わずそれを確かめたくて、私はその人がいる橋に向かって走り出していた。額に汗が滲み、腹部が痛むのも構わず、必死に走る。私が走り出すと、橋にいる人は、ゆっくりと反対の方向に歩いていく。待ってと何度も叫んでいたつもりだが、声は出なかった。はあはあと、息を荒げて橋に辿り着く。
 橋にいた人は、いなくなっていた。その人がいた辺りから、私がいた橋が見えた。歩く人や自転車に乗った人はいたが、私に手を振る人はいない。だけど、構わず私は橋を歩く人に手を振る。一生懸命手を振り続けていると、立ち止まる人がいた。あの日バスから後を追いかけたあの子に似ている気がした。私の手を振る姿に手を振り返してくれた。嬉しくて私は飛び跳ねながら手を振る。
 私は再び、最初にいた橋に向かって走る。今度こそ追いついて、話しかけよう。あの日どんなこと考えていたのか、できたら私と友達になってほしいとちゃんと伝えたい。汗だくになりながら、橋につくと人は誰もいない。足を引きずりながら、橋の途中まで行くと、橋の終わりにあの日の私がいる。幻だろうか。
 目をこすっても、もう一人の私は消えない。ゆらゆらと影が揺れている。背後にも気配を感じる。振り返るのが怖いので、ゆっくりもう一人の私の方に歩いていく。距離が縮まっても消えることのない私。何か話しかけた方がいいだろうか。だいぶ至近距離になった時、もう一人の私が、薄気味悪く笑っていることに気づく。ゆっくりと口を開いて何か言おうとしている。私は、もう一人の私を見ながら、この幻がいつ終わるのか、夢なら早く冷めてほしいと願う。
(了)