第2回「おい・おい」選外佳作 心付きレジスター 西條詩珠


心付きレジスター
西條詩珠(大阪府・57歳)
七十代後半で、母が認知症と診断された当初、スーパーでの買い物に付き添ったときのこと。物の扱いが粗雑になっていて、カートのカゴにピーマンをポーイと投げ入れた。今まで見たことのない母の行動に少々戸惑った。そうしてレジでお金を支払う段になった。
レジの女性が金額を伝えると母は財布を開き、数百円の金額に財布から出したのは、パンパンの小銭ではなく、一万円札。
小銭が沢山あるのだから遣おうよと思ったが、あのときの私は気づいていなかった。金額相当のお金が不明なことや現金を出し入れする指先がおぼつかなくなった母に。
その後、何度か買い物をともにし、母はお金が分からないことに私は気づいた。それでも訓練を兼ねて、時間が多少掛かっても自分で現金を出させた方がいいのではないかと思い、背後で見守った。当然、時間がかかる。レジの担当者はイライラした目つきで、きっと爪先をトントンしていたに違いない。
あるとき、母はふいに「出して」とレジの人に財布を開いたまま差し出した。その光景に愕然とした。ああ、もう無理なんだなと。
誰しも自分や家族の老に直面して現実に失望するときがあろう。それでも生きる以上は、奮い立たせたり、静かに受け入れたりして、小さくても希望をもって生きたい。高齢化社会となって久しいが、社会が優しさを捨ててゆく気がする。買い物の場面ではキャッシュレスレジ化が進んだ。一般客がバーコードを読み取り精算し、誰とも会話も挨拶もせずに出てゆく。時折店員がつきっきりで画面を指さしながら、高齢者に何度も説明している。お客は分からず落胆ぎみの表情をし、嫌気がさしている。レジの人に面倒くさそうに急かされない代わりに、冷たい機械音で店員が駆け寄る。いずれも見ていて悲しい。
他方コンビニで、レジの人が熱中症に気をつけてと声掛けをし、好みの飲み物やコロッケを勧めている。レジは店員がバーコードを読み取るだけで、あとはお客が精算して袋詰めして帰るが、店員はご近所の住民がコロッケ好きなことを覚えている。
些細な優しさの積み重ね、温かい心のやり取りが生きる元気の素になる。不要なことは話しかけないでほしいという世知辛い世の中になったけれど、相手によっては、挨拶さえ優しさとなる。見極める機能はキャッシュレスレジにない。心の付属機能がいつしかレジスターに組み込まれないだろうか。便利さを兼ね備えつつ、お客が心地よく買い物ができるように。
(了)