【書けない自分を責める前に】考え方を変えるだけで前進できる! 「私はこれから伸びる」と切り替えよう


悩む人は見込みあり 苦しいのは目標が高いから
うまく書けないと苦しいが、一定のレベルにあるからこそ苦しい。苦しさは人それぞれだが、どう苦しいかを分かち合おう!
苦しいと思うのは、むしろよい兆候
思うように書けないと、「なんでこうなんだろう」「頑張りたいけど、頭の中が真っ白で、頑張ること自体できない」と思って苦しくなる。しかし、これは悪い状況ではない。
実力がない、または自分に自信が持てない人が書けない自分を目の当たりにしたら、「私にできるはずがない」「創作なんてやるだけムダ」と思ってしまい、「苦しい」「悔しい」と思うことすらできないだろう。
「こんな文章が書きたい」という目標や理想がある人や、「今は磨かれていないが、私はポテンシャルが高い」と思っている人は、「私の目指すところはこんなものではない」と思い、決して満足しないはずだ。
だから、「書けないで苦しい」と思ったら、「私はこれから伸びるところ」と前向きになろう。
このとき、注意してほしいのは、目標が理想の自分である人はいいが、他人に価値基準を置く人は目標がブレてしまうこと。
ライバルと切磋琢磨するのはいいが、絶不調だったライバルに勝って喜んでも仕方ない。ライバルとの差はあくまでも相対的なもの。それを縮めようとするだけでなく、自分自身も伸びようとしなければ意味がない。
一歩も前に進まない 書けない負のスパイラル

ただ待っていても状況は変わらない
どんなに気力、体力のある人でも、何も思いつかない状態では続かず、手頃な用事に逃げてしまう。方法論を考えるなど負のスパイラルを断ち切る努力が必要。
栄養がないと育たない 創作に必要なサイクル

作品は地層からしみ出る水のようなもの
実力があっても、アウトプットばかりではやがてネタが尽きて苦しくなってしまう。常に情報、知識をインプットし、ある程度の時間をかけて熟成しよう。
落選の憂さを晴らし、次の対策を練る
思ったとおりに書けないという場合もショックだが、なんといってもショックが大きいのは、自信作が落選したときだ。
自信作の場合、「いけるかな」と自信なさそうなことを言っても、内心では「最優秀賞もありうる」と期待を寄せてしまう。
それが落選だったり、一次選考も通過していなかったりすると、「そんなバカな」と目の前の事実が信じられず、「規定違反だったか」「テーマを間違えたか」「郵便事故で届かなかった?」とまで考え、最終的には「審査員の目がおかしいのではないか」などと考えてしまう。
それで気が晴れるなら、それでよい。SNSでつぶやくのは拡散する可能性があるので注意が必要だが、LINEやメールで友人等にグチを言ってもいい。大いに発散しよう。
しかし、憂さ晴らしはここで終わり。冷静さを取り戻したら、次は「どこが悪かったのか」と振り返りに入り、次作に生かそう。なんでこんな作品に自信が持てたのかというぐらい自作にダメ出しができたら、次作は明るい。
どんな言いわけをしたか聞いた 思わずつぶやいた弁明
年のせい
書きたい気持ちはたくさんあるのに、頭の中がついてこない。いろいろ調べ、頑張っているつもりなのに、睡眠不足と年のせい? 周りがうるさいから集中できないのもある。(宮城県 まるる 50歳)
準備不足だった
まだ準備できてないのかも。インプットが足りないのかもと思っているうちに、今度はプロの文章に打ちのめされ、これまた自分の力不足に言いわけしてしまう……という悪循環です。(福井県 ここりんご 48歳)
余裕がなかった
もっと気の利いた言い回しができたらよかったのに。思いつかなかったのは、忙しくて、時間や心に余裕がなかったからに違いない。努力も足りなかったのかもしれないな。(三重県 吉野響 45歳)
パソコンがない
こんな中途半端な形で書けるわけないし、準備も足りない。やっぱ、パソコンないのあかんね。ケータイしかないし、手書きやから、なんか、あかんね。これからは、パソコンは必要だ。(大阪府 塚越美和子 63歳)
うまく書けなかったときに、言われてつらい紙一重の言葉
“続けたらいいよ”
「続けたらいいよ」です。うまく書けなくても続けようとしているからつらいのです。言い方の問題もあるのですが、続けるのをやめた人に言われて無性に腹が立ちました。(北海道 里有 31 歳)
“よかったよ”
明らかに本心ではない様子で「よかったよ」と言われたとき。同じ言葉でも印象は違う。気持ちがないなら、むしろ、ダメな点をしっかり指摘されるほうがありがたい。(神奈川県 大山健一 49歳)
“文章うまいのに”
「文章うまいのに」と言われたときです。自分ではうまいと思ってないし、うまいならなぜ受賞できないのか、受賞できるはずじゃないかと思ってしまってつらい。(福井県 疋田あたる 34 歳)
気持ちが入ってない「頑張ろう」は×
書こうとしているとき、あるいは、書けなかったとき、「頑張って」と言われればうれしいし、相手に悪気はないことはわかる。
しかし、「頑張って」は裏を返せば、「頑張っていない」や「頑張りが足りない」と言っているのも同然であり、言われて落ち込んだり、悪くすると腹が立ったりすることもある。
一番嫌なのは、「まあ、頑張ってよ。どうでもいいけど」のような気持ちがない「頑張って」だ。
うまく書けなかったときに、言われてうれしかった言葉
“僕は面白かったで”
「まだこれから! おまえしか書けない作品が絶対あるって。あきらめんな。まずカツ丼でも食ってから考えろ。食わなきゃよい文章も生まれんぞ。僕は面白かったで」(埼玉県 りんごさん 40 歳)
“人柄が伝わってくる”
「あなたの文章を読んでいると、すごく気持ちがほっとするよ。表現が細やかで、あなたの人柄が伝わってくるような感じがしたよ」と言われたとき。やる気になりました。(三重県 吉野響 45 歳)
“ムダなことはない”
「そこから得たものは必ずある。ムダなことなんて何もないから」。想像して回答しました。私なら「書きたくても書けない同士、一緒に続けていこう」と言いたい。(神奈川県 あまくみ 48 歳)
心に寄り添っている感のある言葉が〇
うまく書けずに落ち込んでいるときは、どんな言葉も空しく感じられる。挫折した当人はムダな時間を過ごしてしまった徒労感でいっぱいだから、「次がある」「また頑張ろう」と言われても、なかなか素直に受け入れられない。
モチベーションが上がるとしたら、「期待している」「また読みたい」「一緒にやろう」などの言葉。これらの言葉そのものがいいのではない。心に寄り添ってくれている感じがするからうれしいのだ。
※本記事は2021年10月号に掲載した記事を再掲載したものです。