【書き出せないと悩んでいる人 必読】千葉雅也に学ぶ! 「書かないで書く」フリーライティング実践法


気鋭の哲学者にして小説家でもある千葉雅也さん。大学で教鞭を執り、論文指導もしている千葉さんの話には、書けない人へのヒントが詰まっている。
——デビュー小説の『デッドライン』は2000年代初めを舞台に、修士論文が書けなくて苦悩する主人公を、彼を取り巻くゲイ風俗とともに描いていました。最新作『オーバーヒート』はその主人公の18年後の物語と読めます。彼は常時ツイッターを意識し、いつも言語に取り巻かれているようです。
主人公はインテリで、頭でっかちですからね。そんな自分への自己嫌悪や体育会系的な男性に対する憧れもある。これは三島由紀夫に似ているかもしれません。けれども、言葉で物事を整理できる次元の先に肉体がある。だから主人公は恋愛や性で苦しむことになります。
——主人公が電話で恋人に泣いて抗議するシーンは、意外なほどの純粋さが新鮮でしたし、読後感も非常に爽やかでした。
これ、恋愛小説なんですよ。同性愛には異性愛と違って結婚という制度的保障がありません。だから異性間の関係以上に、いつどうなるかわからないという〝切実さ〞がある。だけどそれはネガティブなものではありません。結婚できないからそうなってしまう、ではなく、先がわからないながらもやりくりしていくところに同性愛特有の強さや魅力があるというのがこの小説のメッセージ。だから年甲斐もない初々しさや純粋さが表現される面もあります。
——主人公は大学の教授であり、千葉さんと同じような立場にありますが、イコール千葉さんということではないのですよね?
部分的に生活から素材を採ってはいますが、構築されたお話です。物語るとはどういうことかという問い自体が小説のテーマになっています。
——前作では新宿を中心とした東京、本作では大阪や故郷の栃木など、土地との関係も描かれます。けれど主人公は、そのいずれもまだ自分が最後に落ち着く場所だとは定めていないようです。
自分がどこで死ぬかはわからないけれど、それでいいんだと。人に関しても、主人公は恋人を大切に思っていて、とりあえずこの人と一緒にいるけど、ずっと一緒にいるのかもわからない。はっきりした定点が決まらなくても良しとせざるを得ない。僕はそのような在り方を「仮固定」と呼んでいるのですが、それが人生なのではないでしょうか。
フリーライティングで書き出してみよう
——ところで、元々は研究者として論文を主戦場にしていた千葉さんが、小説を書くようになったのは、どんな経緯があるのですか。
かつてはすごく神経質に、完成度を求めた文章の書き方をしていたんです。でも2017年頃にこの書き方で物書きを続けていくのは限界だと真剣に感じて。実験的に、ただ出来事を放り出すように『アメリカ紀行』を書いたのが、小説を書くきっかけになりました。
——文筆家の方々と書けない悩みについて語った『ライティングの哲学』では、小説を書く際にもアウトライナー(文書作成ソフトウェアのひとつ)を使っているとか。
それは最初のアイデア出しの段階です。どんな仕事でもアウトライナーでアイデア出しをすることから始まります。小説なら、重要なイメージ、時代や登場人物、出来事など思いつくことを自由連想で打ち込み、どんどん箇条書きで吐き出していくんです。そうして大まかな案が出来たら、書けそうなシーンからワープロで書いていく。それをシャッフルして1本の小説にする作り方をしています。
——「小説を書きたいけど、何を書きたいのかわからない」という人にも参考になりそうですね。
そういう人こそ、まずフリーライティングしてみてほしいですね。自分の中に散らばっているものや、昔見て強烈に残っているイメージなど、そのままでは使えなくても、合成したり変形したりすれば何か新しいものが出てくると思います。文章にする段階でも、いい文章を書こうというこだわりを捨てる。「とりあえずこのシーンを書いてみるか……」とか独り言も書いて、そこから始める。僕はこのことを『ライティングの哲学』で「書かないで書く」(書こうという意識を持たないで書く)と表現しています。後で読んで要らない部分は消せばいいんですから。
音声入力した文章を書き言葉に直すのもおすすめです。しゃべりは書き言葉より体から自然に出るものだから、自分の文体やリズムに気づけて、それが自分の武器になります。
疑似締め切りで自分を追い込む
——『ライティングの哲学』では「気分を作ることも大事だ」とも書いておられました。
コロナ以前、僕はよく喫茶店で書いていたんですけど、居られる時間が限られて「暗黙の締め切り」が出来るので、その間に済ませようと集中するんです。執筆をタスク化するという意識が重要です。たとえば原稿用紙30枚を締め切りまでに書くということを一度やってみる。
最初は5枚しか書けなかったら、何を書けばあと25枚書けるか、先ほど話したように自由連想でアイデア出しをする。そして締め切りまでに30枚埋めるという経験をとにかくしてみる。その経験を積み重ねることが、書けるようになる最大の練習だと思います。
——既存の作家の物真似をして書くという話もありました。初心者におすすめの作家はいますか?
保坂和志さんは気取りなく即興的に日常場面を書き連ねていくスタイル。『書きあぐねている人のための小説入門』という本はぜひ読んでもらいたいです。きちんと物語を構築しなければいけないと思い込んでいる人に、いい教材になります。……と言って、公募の応募作品に保坂さん的な小説ばかりが急に増えても困るでしょうけど(笑)。
とにかくいい文章を書こうとかしこまらずに、自分の体から出てくるものを素直に書いてみる。一見無駄な部分が作品の面白さや旨みになることも多い。最短距離で作品を完成させようとしないでいいので、無駄の豊かさを楽しみながら書いてほしいと思います。
千葉雅也
1978年栃木県生まれ。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。2019年に初の長編小説『デッドライン』で野間文芸新人賞、2021年に「マジックミラー」で川端康成文学賞を受賞。
※本記事は2021年10月号に掲載した記事を再掲載したものです。