【エッセイを面白くするには?】「誰にも読まれたくないって思うことを書こう」燃え殻さんインタビュー


嫌なことはため込まず、書くことで成仏させる
「週刊SPA!」でのコラムが大人気の燃え殻さん。学生時代は「感想文も書けなかった」という燃え殻さんの文章は遠い昔の記憶を呼び覚まし、しみじみとさせてくれる。そんな燃え殻さんにエッセイのコツを聞くとともに、書くことの本質に迫った。
おまえは強制的に書かせないとだめな人間だから
——デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』を書くきっかけはなんだったんですか。
小説家のHさんとツイッターでつながっていて、なぜかよくしてくれて、夜中まで飲んでいたら急に「おまえ、書け」って。「いや、無理です」と言ったんですが。
この2年ぐらい前にも、ツイッターでただ不満をたれ流していたら、新潮社の編集の人からメールが来て、「あなたは小説を書くと思いますよ」と言われたんです。うれしかったですが、「ボク、読書感想文も書けない人間なんで、すみません」と返事したぐらいで。
——Hさんはそれで納得した?
いえ、「いや、書け。おまえは強制的に書かせないとだめな人間だから、おれの担当編集を呼んでやる」と言って、夜中の2時ですよ、ケータイから電話をかけて、出るまでずっと置いておくんですよ。それで電話に出た担当編集に「今から来い」って。寝ぐせのついた男の人が来ました。
すると、Hさんが「おまえら、明日からメールしろ」と言い、担当編集さんもボクのことなんか知らないから、「誰ですか」って感じで。「書くことなんかないですよね」「ないです」、「書く気ないでしょ」「ないです」、「今までの人生で何かありましたか」「ないです」なんて感じ。
でも、Hさんが怖いからちょっとやってます感を出そうと、メールで「何かありましたか」「ないです」みたいなやりとりをずっとしていました。あるとき、「昔、付き合っていた友人がこうでこうで」と話したら、「それ、ちょっと面白いなあ」となって、半年後にCAKES(ケイクス)で連載することになったんです。
——すごいじゃないですか。
でも、仕事もしていたし、書く時間なんてないし、どうせ誰も読まないだろうと適当に書いていたんですよ。そうしたら糸井重里さんがボクのツイッターに「来週が楽しみです」って書いたんです。
——すごっ! わかる人にはわかるんですね。俄然、やる気になりましたか。
「やばっ、もう休載したい」って。糸井さんや、のちにデビュー作の帯を書いてくれる会田誠さんも読んでくれていて、「これは真剣にやっているふりをしなければいけない」と。小説を書きたいなんて思ったことがなかったですから。
——強制されると書けるんですね。
「週刊SPA!」の連載もそうですが、週刊誌は原稿を出したらすぐ締め切りなんです。これ、もう強制じゃないですか。会社員としての仕事がテレビの業界で、テレビって受注産業ですから、受注したら頑張ろうみたいな。
誰にも読まれたくないって思うことを書く
——エッセイは、どうしたら面白くなると思いますか。
日比谷線で隣に座っていた女性がメールをしていて、「これ、絶対に言わないでね」って書いていたんですよ。すげえ読みたいですよね。これだったらお金を出してでも買うなあと思ったんです。だから、自分が書くときも「誰にも読まれたくないって思うことを書こう」と思っているんです。
——最新刊の『すべて忘れてしまうから』の中にもいじめられていたときの話や、パワハラの現場とかが出てきますが、書いていてつらくはないですか。
書いているときは、自分を他人のように見ているところはありますね。仕事先でも比喩じゃないぶん殴りとかあったんですが、耐えられたのは「あ、そういうこともあるのか」と鳥目線で自分を見ていたからだと思います。じゃないとやっていられない。
——すごい業界ですね。
納品に行ったら、ドアを開けた瞬間にディレクターの人が殴ってくるんですよ。時間に遅れたとかだったらわかるんですが、その人の虫の居所が悪いとかなんです。災害ですよね。
——よく続きましたね。
ボクには行き場がない、選択肢はないと思っちゃったんですよね。
——小学校のときにいじめられた話も壮絶です。
小学校2年のときに、ボクの机の上に花瓶が置いてあったんですよ。そのままでは授業が受けられないから、ちょっと脇にずらして。先生も何も言わない。親が知ったら泣いちゃうような話ですよね。
——お葬式ごっこですよね。
ボクは髪の毛が全部抜けちゃう病気だったんですが、ボクに触ると髪の毛が抜けるというゲームが学年単位ではやったんです。
——その体験、消化できましたか。
その後、花瓶の話をとんねるずの「オールナイトニッポン」に投稿したんです。「机の上に花瓶が置いてあったから、ちょっと脇にずらし、受付嬢みたいな感じで授業を受けてた。ボクだけ豪華、ボクだけ華やか」みたいな感じで書いて。小学校2年のときは受付嬢みたいとは思っていませんでしたが、あとから考えたらあれは受付嬢みたいだったということにしたんだと思います。そうしたら読まれて、「これは斬新な意見だ、面白い、受付嬢ってウケる」と笑いに変えてくれたんです。ボク一人が抱えていても、深刻な嫌な話ですよ。でも、親に言わず、ニッポン放送に言うと笑い話になるんです。そのとき、学んだ気がします。あったことを書いて、誰かが読んで、笑いに変えてくれたら、嫌な記憶が1つ成仏するのだと。
「どう思う?」って書いている問いみたいなもの
——嫌な記憶も、客観的に書けば笑いになるんですね。
チャップリンに「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」という名言がありますが、悲劇も引いて見たら喜劇です。いじめられた話も、はたから見たら「受付嬢かよ」って笑っちゃう。じゃ、ボクも引いて見てみようとなる。
——引いて見るには?
書けば、引いて見られます。書くときは、その日は何月だった?相手は誰で、何歳ぐらいだったと説明しなければわからないじゃないですか。もう引いて見ていますよね。
——書くと、書いている自分と書かれている自分が分離するのかもしれませんね。
でも、ずっと引いていると今度は傍観しすぎて感情が入らないから、登場人物としての自分にぐっと寄って。そのくり返し。
——燃え殻さんのエッセイは、いくつかの話題が出てきて、最後にそれらが統合される感じですが、ネタはどのように探しますか。
探さないです。中島らもさんではないですが、「『その日の天使』がついている」みたいな。今日なんかあったかなと思うと、だいたいなんか思いつくんです。「今日、新宿のルノアールに行った」と1つ思い出し、「そういえばルノアールで振られたことがあったな」と芋づる式に記憶を掘り下げ、それらをつなげていくと自然にまとまります。起承転結が必要な文章もあるとは思いますが、起承転結があるように書いていくと、最後がすごく小さくなってしまう気がします。
——「何を書いたらいいかわからない」という声もよく聞きます。
ネタはみんな持っていると思うんですよね。これは悲しすぎるとか、自分にとっては普通すぎるとか、自分で勝手に感情にラベルをつけているんです。ボクは、悲しいと思って書いてないし、楽しいと思っても書いてない。「どう思う?」って書いているんです。問いみたいなものです。
——問いを出されると、自然に答えてしまいますね。
ものを作るってそれだと思う。こちらは無で、読者が勝手に悲しい話だとか楽しい話だとか、これにはオレが映っている、これはオレだとか思う。そんな名前のついていない問いみたいなものを出せたらいいなと思っています。
こんな文章が書きたい
『すべて忘れてしまうから』の中のしみじみとしみる1行
『死にたい』を『タヒチに行きたい』に変えてみるとかどうでしょう。
『死にたい』は、感情の中ではメジャーです。でもあまりに無個性なので、(中略)『タヒチに行きたい』に変えてみるとかどうでしょう。(中略)あなたは死にたいんじゃない。タヒチに行きたいんです。
ヘラヘラ笑うことが、せめてもの抵抗だった。
小学生の頃、一生終わらないんじゃないかというほど、鬼ごっこの鬼をさせられた。(中略)ヘラヘラと笑いながら鬼をやり続けていた。ヘラヘラ笑うことが、せめてもの抵抗だった。
「油性めぇ」と祖母は笑っていた。
額に「肉」と油性マジックで書かれ(中略)祖母は水で濡らした手ぬぐいでグイグイと拭いてくれたけど、肉マークは一向に取れない。「油性めぇ」と祖母は笑っていた。僕もつられて笑ってしまった。
燃え殻
1973年、神奈川県生まれ。2浪の末、専門学校で広告を学び、テレビの美術制作会社に就職、今も勤務。2017年、デビュー作の小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』がベストセラーに。
『すべて忘れてしまうから』(扶桑社・1500 円+税)
小学校時代のいじめ、テレビ業界でのパワハラ、一風変わった友人、家族など、しみじみとしみてアンニュイになるが、どこか希望がある50編のエッセイ集。
※本記事は2021年1月号に掲載した記事を再掲載したものです。