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第14回「小説でもどうぞ」選外佳作 妖怪小説/猫壁バリ

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第14回結果発表
課 題

忘却

※応募数217編
選外佳作
「妖怪小説」
猫壁バリ
 こうして話を始めるとなると、皆さんはまず最初に、ボクらがどの地域でうまれたかとか、どんな悪さをしてきたかとか、水木しげる先生には描いてもらったのかとか、その手のデイヴィッド・カッパフィールド的なあれこれを知りたがるかもしれません。
 かいつまんでご説明しますと、ボクらは「墨舐め」と呼ばれる妖怪です。江戸、今でいう東京に棲み、文机に放置された筆や硯を舐めて暮らしています。「墨舐め」という名前を皆さんは初めて聞いたことでしょう。無理もありません。ボクらはもはや、人々に忘れられた妖怪なのです。そしてこれは、忘れられたがゆえに起きた事件の話です。
「待ってください。早まらないで」
 ボクは努めて落ち着いた声で言います。
「うるせえ! ひっこんでろ!」
 口角泡を飛ばすのは、ボクの妻の兄、つまり義理の兄にあたる墨舐めです。お義兄さんの前には、妻の両親と祖父母が並びます。
「お兄ちゃん、こっちに来て話をしようよ」
 妻がフェンス越しに手招きをします。都内の高級ホテルの屋上のフェンスを乗り越え、お義兄さんはその縁に立っていました。眼下には若者たちが水着ではしゃぐナイトプールがあります。
「俺は、ここから墨をぶちまけるんだ!」
 そう言って墨汁を湛えたバケツをお義兄さんが頭上に掲げます。
「やめて、どうしてそんなことするの」
「俺たち墨舐めを、人間に認知させるためだ」お義兄さんが皆を見まわします。「人間は俺たちを忘れちまった。妖怪は忘れられると力を失う。このままじゃ、墨舐めの一族は消滅しちまうんだ」
「仕方のないことじゃ」
 お義祖父さんが重々しく口を開きます。
「世間ではもう墨は使われない。今はもう、スミホの時代じゃ」
「スマホですよ、おじいさん」
 お義祖母さんがたしなめます。
「そうだ、もはや墨は使われねえ。インクが使われていた頃はまだよかった。手紙や書類を舐めることができたからだ。だが今や手紙もない。電子メールに代わっちまった」
 お義兄さんは足元のナイトプールを見下ろします。
「だから俺は決行するんだ。若者たちが泳ぐプールに墨汁をぶちまけ、墨舐めの仕業だとネットに流す。俺たちの名前を日本中に知らしめて、妖怪の力を取り戻すんだ」
「もっと平和的な方法があるはずだ」諭すような声はお義父さんです。「お前の母さんはパスタ屋を開いていただろう。イカ墨パスタ専門店だ。そうやって墨の認知度を上げる方法もある」
「あのパスタ屋は、客が残したイカ墨を母さんが厨房で舐めてるのを見られて潰れただろうが!」
 ううっ、とお義母さんが泣き崩れます。
「いいかげんにするんじゃ!」
 屋上にお義祖父さんの怒号が響きます。
「お前は我々の顔に墨を塗るつもりか!」
「泥ですよ、おじいさん」
 お義祖母さんがたしなめます。
「そもそも……」とボクは恐る恐る口を開きます。「人間に知られれば妖怪の力が戻るというのは、本当なのでしょうか」
「アマビエを見てみろ。あいつらは突然有名になって力を取り戻し、今では妖怪協会の上層部にまで席がある。妖怪は人間に認知されてナンボなんだよ」
「それは、人間に好かれた結果でしょう」
 優しい口調でお義祖母さんが語ります。
「有名になったところで、人間に嫌われれば退治されるのが世の常ですよ」
 一瞬、お義兄さんがひるみました。
「じゃあ、どうしろって言うんだ」
 しばらく考えたあとで、お義祖母さんがボクのほうを向きます。
「墨太郎さん。あなたは趣味で小説を書いているそうですね。小説の題材で私たちを取り上げるのはどうでしょう。それを世に発表するのです」
 虚を衝かれたボクは、口をぽかんと開けました。
「こんな奴の小説なんか、アテにできるかよ」
「それなら、書き終えた小説を皆で読んで、納得したら発表しましょう。それなら、文句はないんじゃないですか」
 お義兄さんは頭を掻いて溜息をついたあと、「分かったよ。一度試してみよう」
 こうしてボクは墨舐めの小説を書くことになりました。妻の家族に読まれるのは緊張しますが、読み手がいることは喜びでもありました。しかし問題は、皆が小説を読みながら自分たちの習性に抗えなくなり、しまいにはインクを舐めてしまうので、オチが読めなくなっ◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(了)