新人賞落選作のパターン その2
主人公の魅力
新人賞応募落選作に共通することは、とにかく主人公に魅力がない。どこにでもいる平凡な人物が主人公に設定されている作品が、圧倒的大多数を占める。
これでは予選突破できない。「平凡な人物」なら、極論すれば、誰でも思い付く。
主人公に特殊技術を持たせるところまでは良い。しかし、そこに頼ってしまったら、やはり「余裕で予選突破できる魅力的な主人公」とは、なりえない。
最新の日本ミステリー文学大賞新人賞受賞者に茜灯里さんの『馬疫』(応募時のタイトルは『オリンピックに駿馬は狂騒(くる)う』である)がある。
主人公は馬を専門とする獣医(応募者の茜さん自身が獣医で、東大の獣医学科を出ている)で、しかも、キャラが立っている。
これは多分、作者の茜さん自身がキャラが立っているのだ。
この年の『このミステリーがすごい!』大賞のグランプリ受賞者が東大出の「美人弁護士」で、茜さんは、「東大出の美人が新人賞授賞の条件の一つなら、私は確実に受賞できますね」と応募時点で自信満々に語っていた。
このくらいでなければいけない。
しかも、作者のキャラが立っているだけでなく、それが応募作の主人公像に反映されなければならない。
ある高校生の美少女がいる(実在人物である)。
見るからにファッション・モデル体形の細身なのだが、それは鍛えに鍛え上げているからで、体脂肪率は十%を切っている。
腹筋が何段にも割れているし、胸囲のほうがバストよりも長い逆三角形の体形で、「寝ていて、反動を付けずに起き上がる腹筋運動」が何回ぐらいできるか訊いたところが、「何回できるか、挑戦したことがないので、分かりません。二百回までで止めています」が返事だった。
ある小説で、女性主人公が腹筋五十回で「凄い」設定になっていたが、「この作者は運動音痴だな」と瞬時に分かって、読む気をなくした。
運動音痴の作家が自分を基準にしてスポーツ小説を書くと、こういうみっともない物語を書く、という典型的な好例だった。
で、その美少女に話を戻すと「痴漢に襲われるのが趣味」だった。
別に、痴漢に襲われて刺される、あるいは強姦される、というマゾ小説ではない(それはそれで、別の意味でキャラが立っていないこともないが)。
街灯もないような裏道を好んで歩いて、かなりの高率で痴漢に襲われる。
直ちに逆襲に転じて、徹底的に叩きのめす(その少女は、さる武術道場の師範代を務めている)。
曰く「最近の痴漢は根性がなくて張り合いがない。ぶちのめすと、すぐにメソメソ泣き出して許しを請う。情けないったら、ありゃしない」だった。
そういう武術(剣道、柔道などのように明治維新以来スポーツ化した武道ではなく、江戸時代までの古流武術)を倣っている女性は意外に多い。
「全中国武術選手権」で優勝した女子高校生(前述とは別人)に会ったことがある。
「この術は、日本で私しかできません」と実演を見せてくれたのが「双槍の術」だった。
中国の伝奇小説『水滸伝』の天罡星の一人に「天立星」こと双槍将の董平という人物がいる。両手に槍を持って戦うことから「双槍将」の渾名がついたのだが、具体的にどう戦うのか、イメージできなかった。
で、その女子高校生に見せてもらったのだが、二本の槍を風車の如く振り回して演舞し、私と同行した剣道五段の男性が、「こりゃ、私でも勝てない。そもそも近づけない」と唸っていた。
その女子高校生は、まだ未熟だった時に山ほど失敗して、背中はトータルで何十針も縫った傷だらけだそうである。
しかも、嬉しそうに、ニコニコして失敗談を語る。「おいおい。そこまでやるのかよ」という世界である。
「主人公のキャラを立てる」とは、どういうことか、多少なりとも分かってもらえただろうか。
プロフィール
若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。