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第6回「小説でもどうぞ」佳作 白磁の君/田中ダイ

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ
第6回結果発表
課 題

※応募数394編
「白磁の君」田中ダイ
 ハート型に抜いたマグロの刺身を、皿の真ん中に盛る。テーブルに運んで、箸置きと箸を丁寧に置いた。
 満月の光を集めて圧縮したような、白磁の丸い皿。マグロの赤い身がよく映える。皿を両手で包むようすると、彼の名前が自然に口から出た。
「ミウラさん……」
 いやだ私、と恥ずかしくなる。一人暮らしのアパートでよかった。
 彼が作ったこの皿に相応しい食材は何か、最初それはかなりの難題だった。
 甘いものかも、とスーパーに行ったのだが、モンブランもいちご大福もなんだか違う。
 売り場を歩き回って、ついにひらめいたそれは、スモークされた牡蠣の缶詰だった。家に帰り、慎重に蓋を開けて皿にのせた。つやのある身が、直感通りにしっくりとくる。
 ミウラさんと、自分の心が触れ合ったようで思わず涙が出た。牡蠣が生なら、なお良かったけれど、まあいい。初めて買った缶詰の牡蠣は、美味だった。
 それからは仕事中にも、この皿のための食材を探すことが私の日課となった。やっぱり皿は、食べ物をのせてこそですからね、とミウラさんが言ったからだ。
 イヤホンを着け、鳴りっぱなしの電話に対応することが、私の仕事だ。顔も知らない、何に怒っているのかもわからない人と話すことは、案外消耗する。
 あの日、ミウラさんに初めて会った日も、クレーム対応に追われ、嫌々休日出勤した帰りだった。
 気分転換にと寄り道した駅裏で、小さなギャラリーが目にとまった。ガラス張りの店内では、焼き物の個展が開かれているようだった。暖かな色の照明に呼ばれるように、誰かに助けを求めるように、私はドアを開けていた。そしてそこにミウラさんがいた。
「ひとの手で作るものですから、一枚一枚個性があって、微妙に異なるんです」
 初対面の、焼き物に詳しくないことが丸出しの私に、彼は親切で優しかった。白磁、というのも彼が教えてくれた。
「どうぞ手にとって、感触を確かめてくださいね。同じ規格で作っても、使う人の手との相性って不思議にあるんですよ」
 毎日、見ず知らずの誰かにあやまり続ける自分と、力強く土をこねて、この世にたった一枚の皿を作り続ける人が、同じ空間で出会えたことに奇跡を感じた。
 促されるままに一枚の皿を手にした途端、私は彼の言ったことのすべてを理解した。
 休日手当てが一瞬で吹き飛んでしまう値段だったけれど、かまわずにその皿を買い求めた。本当はマグカップも欲しかったのだが、もう財布は空だった。
「次回の個展のご案内をさしあげます。よろしかったらご連絡先をいただけますか」
 そう言われて記帳するために握ったペン先から、自分の中の恋成分がにじみ出ていくようで、驚いていた。
 スモークの牡蠣の翌週には、奮発して生牡蠣を買ってみた。こんどはぷりぷりとはじけそうな身に胸が騒いだ。皿と食材が、激しく共鳴しあっている。
 お皿は、ちょうど私の両の掌に収まる大きさで、素朴でありながら知的。静謐なのに、作り手の熱い思いが伝わってくる。
 イクラ、牛タン、タコ刺、生ハム、白子……ミウラさんの皿には、命の形が濃く残るものがよく似合った。それは私の内側の投影だったのか? 私だって生きている、と。やがてハート型のマグロが定番となった。
 ミウラさんのお皿を愛でることが生活の芯となり、絶対に割らないようにと、大切に扱った。舌が肥えて、少し太った。
 季節がいくつか変わるころ、ミウラさんから二人展開催の案内状が届いた。二人展?
 久しぶりのギャラリーで、その予感は的中した。ミウラさんの隣には、一目でパートナーだとわかる女性が立っていたのだ。それだけじゃなく、彼のお皿にぴったりと寄り添う、木製のスプーンやカットボードが彼女の作品だった。
 ミウラさんはにっこりと迎えてくれたが、急用ができたふりをして、ろくに作品を見もせずに私は自分の部屋へ引き返した。
 皿を床にたたきつけて割ってしまうべきか、と思ったが、どうしてもそんな気にはならなかった。それどころか、パートナーと並ぶミウラさんを思い出しても、なぜか嫉妬心さえ湧いてこない。
 逆にこの皿で、今すぐにがつがつとものを食べたいという衝動が湧きあがった。気分は、甘エビと黒モツの塩焼きというところか。
 白磁の皿はもはや、私の手に吸い付くように馴染み、体温まで感じるほどだ。
 ミウラさんの作品を買う予定だったお金の入った財布を握り、私はスーパーへ走った。
(了)