最終回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「お骨の粉」ササキカズト
祖父は十年前に病気で亡くなった。祖母とはとても仲のいい夫婦だった。散歩や買い物もいつも二人で出かけ、旅行も年中二人で行っていた。生まれたときから祖父母と一緒に暮らし、二人の姿を見て育ったわたしにとって、こんな夫婦になりたいと思わせる、理想の夫婦像だった。
「お骨を粉にしてほしいの」
祖母は、祖父のお骨を粉にしてもらった。そして自分の部屋の仏壇に置いたまま供養した。〈手元供養〉という、お骨をお墓に入れずに家で供養し続けるやり方があるらしい。
「私が死んだら私の骨も粉にして、一つの骨壺に混ぜて入れてね」
一つのお墓に入りたいというのは何となくわかる。だが祖母は、粉状にすることにこだわった。
「粉になって完全に混ざりたいの」
祖母の祖父に対する愛情は、わたしの憧れであったが、このこだわりだけは、当時中学生の少女だったわたしの理解を超えていた。
祖父が亡くなってから祖母は、一人で出かけるようになった。カラオケ友達や、手芸教室の友達などはいたようだが、旅行となると一人で出かけた。祖父との思い出の地を巡っていたようだ。
一人の旅行は寂しくないのだろうかとも思ったが、祖母の土産話は実に楽しそうだった。祖父と行ったときとまったく変わっていなかったとか、こんなふうに変わっていてすごかったとか、まるで祖父と行って来たかのように語るのだった。
実際祖母は、祖父のお骨の粉を、ペンダントに入れて持ち歩いていた。だから一緒に旅行をしたような気持ちになれたのだろう。毎度楽しそうに土産話を語る祖母だったが、わたしはいつも、ちょっとした切なさを感じながら聞いていた。
そんな祖母が先日亡くなった。家で急に倒れて病院に運ばれ、意識不明のまま二週間ほど入院し、そのまま帰らぬ人となった。脳の血管の病気だった。
葬儀のあと、祖母が言っていた通り、遺骨を粉にしてもらった。お墓は祖母が生前、自分で探して購入していたので、そこに祖父のお骨と一緒にして納骨する手はずだった。
納骨の前日、お骨を一つにしておこうという話になり、父が祖母の部屋の仏壇に置いてある祖父の骨壺を取り出した。陶器でできたきれいな花の模様の骨壺。その蓋を開けた父が言った。
「なんだこりゃ、やけに少ないぞ」
「少ないってどういうこと?」と、母。
「ほら、何か少なくないか?」
そう言って父が、骨壺の中を見せた。
「ほんとだ、少ない」
わたしが言った。先日粉にしてもらった祖母のお骨の量の半分もない。
「父さんのお骨、こんなに少なかったか? 乾燥して減ったりするのかな」と、父。
「乾燥では減らないでしょ」と、母。
「骨壺をこうやってトントンって叩いて……」
「こんなには減らないわよ」
「骨を食う虫が入ってたとか」
「やめてよ、気持ち悪い!」
わたしは、ふと思い出した。
「ペンダント!」
「ペンダント?」父と母が声を合わせて聞き返した。
わたしは仏壇に置いてあった遺骨を入れるペンダントを手に取った。祖母の葬儀にも持って行ったペンダントだ。わたしは筒状のペンダントのキャップを開けた。
中には何も入っていなかった。
「お婆ちゃんが倒れるちょっと前に、伊豆に旅行に行ったでしょ」
「ええ、またいつもの思い出の一人旅ね」
「そのとき、どこかに撒いて来たんじゃないかしら。きっとお婆ちゃん、旅行に行く度に、ちょっとずつお骨撒いてたのよ」
「そうか、だからこんなに減っていたのか。……思い出の地に散骨か。わかるような、わからんような」
「わかるわよ」
わたしと母が声を揃えた。
散骨の法律は無いらしく、粉骨してあれば問題化はしないらしい。でも厳密にはその場所の所有の問題とか色々あるので、祖母はこっそり撒いていたのかもしれない。家族にも言わずに。
わたしたちは、少なくなった祖父のお骨の粉を祖母の骨壺に入れて、新しい菜箸でよくかき混ぜた。二人の冥福を祈りながら。
「やっぱり粉状だと、一つに混ざった感じが強いものね」
そう言いながらわたしは、昔理解出来ていなかった祖母のこだわりを、いつの間にか納得している自分に気付いた。
ペンダントに二人のお骨の粉を入れた。二人が中で完全に一つになった感じがした。
(了)