最終回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「世界は広がり愛は深まるって話」吉田猫
ビール飲んで骨付きの鶏とか食いながらしゃべる話じゃないんだけどさ。この前の現場でさあ、出てきちゃったんだよ骨が。鶏のじゃねえよ。だから人の骨がさ。そうよ、もう事件よ。俺、解体の現場やってんじゃん。そこはけっこう古い家でさ。あらかたバラシて床下の部分を重機でちょっと掘ったらポロって頭蓋骨とか出てきちゃって。もうびっくりだわ。そいつと最初に目が合ったの俺だし。まあ目は無かったけどな、穴しかな。で、みんなで大騒ぎになって警察呼んで、それで現場は一旦中止よ。現場検証って言うの? 警察の。それ始まるともう先進めないわけよ。後で聞いたその家の大家さんによると、もうしばらく人住んでいなくてさ、誰の遺骨なのか謎なんだってよ、これが。
でさ、警察来るまでその骨を見ながらなんか不思議なんだけど、俺、ある詩を思い出してたんだよ。中原中也の。えっ、詩だよ、詩。シーじゃないって。何で笑うの? 俺だって詩ぐらい知ってんのよ。俺、勉強もしてないし高校も中退だけどよ、中原中也って人の詩には少し詳しんだよ。ああそうか、お前、中原中也を知らないか? まあいいや、じゃあ黙って聞いてろよ。とにかく早死にした有名な詩人なわけ。そんで、その人の詩に「骨」っていうのがあるわけよ。「ホラホラ、これが僕の骨だ」って始まるのよ。小川のほとりで地面にぬっと突き出した白い自分の骨を見ながら、生きてたときには食堂でこの骨もメシ食ってたこともあるんだとかなんとか、自虐っぽく笑ったりしてさ。俺が説明すると馬鹿みたいでうまく言えないけど、きっとこの人の人生色々あったんだろうなってグッとくるのよ。俺な、本とか全然読まないんだけど、中学のころに姉貴が持ってたその中原中也の詩集を本当の偶然でちょっと読んだことがあったんだ。そしたらそれがなんか良くてさ、なんだか入ってくるっていうか、ぴったりくるっていうか。スゲーはまっちゃって。それからはずっと中原推しだったのよ。
でさ、その日は、現場中止になって早上がりしたもんだから、帰りに俺、本屋に寄ってさ、中原の文庫本の詩集買ったんだ。今は家に無いし、しばらく忘れてたから、なんだかどうしてももう一回読みたくなってさ、「骨」も他の詩も。それで家に帰って懐かしくて読んでたのよ、夢中で。気が付いたら夕方になってて知らない間に由美も帰ってきててさ、ああ由美、俺の彼女、会ったことあるよな。由美にそれ読んでるところ見られちゃったわけよ。そしたらさあ、由美のやつ「タカシが本読んでる!」って大笑いして。俺が本読んでるからってそんな笑うか? そんで、何読んでんの? って言うから詩集だよって言ってやったら、今度はのたうち回って笑いやがんの。だからさ、なんでこうなったか説明がいるなと思って、その現場の頭蓋骨のこととか俺が感じたこととか話してやったのよ。そんでその「骨」っていう詩も見せてやったわけ。しばらく目を通してたけど、そしたら由美のやついつの間にか笑うの止めてて、ちょっと貸してって言ってその詩集持ったまま隣の部屋に閉じこもっちゃったんだ。俺、腹減ってたけどなぜか邪魔できなくてさ、しょうがねえからカップラーメンとビール飲みながらテレビ見てたわけ。二時間くらいたってかな、由美が部屋から出てきてさ。それがさ、どうしたと思う? 由美のやつ明らかに泣いてたみたいなのよ。確かに中原中也の詩ってグッとくるところは多いけど泣くって言うのは相当なわけよ。ちょっと驚いたけど騒ぐのも変だし、どうした? って小せえ声で訊いてみたのよ。そしたら、あいつ「なんだかね」とか言っちゃってさあ、ちょっと悲しげに笑うのよ。こういうのを琴線に触れるっていうんだろうなあ。わかる? 琴線。あいつも子供のころ家で両親と色々辛いことあったってのは聞いてたけど、俺の知らないことがまだいっぱいあるんだろうなって思ったらなんだか可哀相っていうか、愛おしいっていうか俺もなんだか、たまんなくなっちまってさ、あいつのことちょっと抱きしめたりしてさ……。うるせえ馬鹿野郎! ヤってねえよ。そのままなだれ込むとか俺そんな鬼畜じゃねえし。ダメだな、繊細なこのエモーションが田舎モンには理解できねえんだから。悲しいわ。
まあ大切なことはだな、あの日は朝から警察も来て大変だったんだけど、結局のところその骨のおかげでなんだかんだで俺たちの愛が深まったっていうか、確かめ合ったっていうかさ……。そうだよ、のろけたかっただけだよ、悪かったな。でもよ、俺が中原中也の「骨」って詩を知らなかったら実際こんな気持ちにならなかったわけだし、中原にも感謝だな。まあ、お前も詩の一つでも読んでみろって話よ。世界は広がり愛は深まるし……。そうよ、偉そうだよ。上から言ってますよ。
だけどな、それが俺の正直な気持ちなわけで、今、俺が感じてることだからさ。
(了)