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第76回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「デジャブ」朝霧おと

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作文・エッセイ
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第76回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「デジャブ」朝霧おと

 いつのまにかうたた寝をしていたらしい。玄関ドアの閉まる音で目が覚めた。時計を見上げるとまだ五時を少しまわった所だ。私はぼんやりとした頭をかかえたまま起き上がった。

 玄関では物音ひとつしない。まさか、具合が悪くて早退した? うずくまる夫を想像しておそるおそる玄関に向かった。

 もう少しで悲鳴を上げるところだった。玄関に見知らぬ男が立っていたのだ。大柄でむさくるしく、目だけが異様にぎらついていた。

「だれ?」

 男がかすかに体を動かしたので私は後ずさった。

「オレだよ、圭太。ただいま」

 わずかに焦げ臭いような体臭がして、私は顔をそむけた。

 息子の圭太は七年前に家出をし、そのまま連絡が途絶え、生死もわからなくなっていた。当時は行方不明ということで警察にたびたび相談したが、よくあることだ、と軽くあしらわれた。

 最初の一年間は生きた心地がしなかった。育て方が悪かった、と何度自分を責めたことだろう。

 小学生のころから息を吐くように嘘を言う子どもだった。手癖も悪かった。そのたびに親子そろって謝りに行き、それは悪いことだと、こんこんと言い聞かせた。なにかとんでもないことをやらかすのでは、と息子の将来に不安を覚えたのもそのころだ。

 高校はほとんど行かず退学した。フリーターとなってから、万引きやけんかで警察の世話になったことは数しれず、まさに毎日が地獄だった。

 とうとう堪忍袋の緒が切れ「出ていけ!」と怒鳴って、その通りになったのが七年前、圭太が十八歳のときだ。限界だった。

 それでもいざ息子がいなくなると心配で眠れぬ日が続いた。自分で追い出したものの、後悔で押しつぶされそうだった。

「今頃どうしているのかしらね。ちゃんと食べてるのかな」

 私がぽつりとつぶやくと夫はいつもこう答えた。

「もうあいつのことを考えるのはよそう。最初からいなかったものだと思えばいい」

 なにか事件が報道されるたびに息子がやったのではないか、と胸が締め付けられた。

 このまま大きな犯罪を犯すことなく、健康でいてくれればそれでいい。ここ一年ほどでやっと安らかな日常を送れるようになったところだ。

「父さんは元気?」

 圭太は靴を脱ぎ、私の横を通り過ぎリビングに入った。

「うわあ、変わったな。昔と全然違うじゃん」

 カーテンを変え、花を飾った。壁にかけた絵は私が描いたものだ。最近は趣味の絵を描く余裕も出てきた。

 七年ぶりに帰ってきた息子をどう受け止めていいのかわからない。抱きしめればいいのか、泣いて喜べばいいのか。

 晩御飯、圭太の分も用意しなくちゃ、先にお風呂を沸かそうか、圭太の布団は来客用のでいいかな、と次から次へと考えているうちにふつふつと喜びが膨れ上がってきた。

 生きて帰ってきてくれただけでありがたい。これから三人の新たな暮らしが始まるのだ。今の圭太をありのまま受け入れる。それが私の親としての責任のように思われた。

「母さん元気だった? ちょっと老けたんじゃない」

「そりゃそうよ。七年もたったんだから。今までどこにいたの? 何をしていたの?」

「いろいろやったよ。仕事をしないと食っていけないし、世話になった人もたくさんいた」

「そうよね。助けてくれた人たちに感謝しなくちゃ。新しい仕事も見つけないとね」

 壮絶な苦労があったはずだ。世間にもまれ、ようやく人としてあるべき姿に目覚め、人生をやり直そうと思ったのだろう。一回り大きくなった息子が頼もしく思えた。

 将来のため高卒認定試験を受けさせよう。長い目で見ればそれが一番適切な方法だ。仕事はそれから見つければいい。いや、大学に進学することも不可能ではない。

 圭太は改心したのだ。そう思うと目の前がぱあっと開けたような気がした。

「ところでさあ、母さんに頼みがあるんだ」

 圭太は冷蔵庫から取り出した缶ビールを一口飲んでから切り出した。

「二百万、貸してくれないかな。それがないとオレちょっとヤバいんだよね」

 私は思わず圭太のリュックをつかんで玄関へ走った。そして七年前と同じリュックを思いっきり床に叩きつけた。

「出ていきなさい!」

 私の声が玄関ホールに響き渡る。怒鳴りながら、すぐにでも引き出せる二百万円があったかどうか、私の頭はフル回転した。

(了)