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第75回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「若者と読書」坂倉剛

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作文・エッセイ
結果発表
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第75回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「若者と読書」坂倉剛

「おい、これ見たか?」

 カズオはにやにや笑いながら訊いた。男性向け雑誌を手にしている。

「あっ最新号か?」

 アキヒコは雑誌の表紙を見ると目の色を変えた。若い女優の名前がでかでかと載っていて、「初ヌード」の文字がセンセーショナルに躍っている。

「まだ見てなかったのかよ」

「見せてくれ。なあ頼むよ」

「やだね。自分で買えばいいだろ」

「なんだよ、ケチ」

 その雑誌はヌードグラビアがで、大いに発行部数を伸ばしていた。花に群がるハチのように若い男性がこぞって飛びついた。

 若者はその一方で硬い本も読んでいた。太宰治の小説やニーチェの哲学書などを読んでは、悩んだり、行く末を案じたり、人生とは何か、自分とは何かと思いを巡らせていた。

 情報や知識を得るには雑誌や書籍が頼りだった。本の時代、活字の時代と言えた。

「おい、これ見たか?」

 ユウヤはにやにや笑いながら訊いた。スマートフォンを手にしている。

「あっ最新号か?」

 トシキはスマホの画面を見ると目の色を変えた。そこに写っていたのは雑誌の表紙だった。電子版というやつだ。雑誌はもはやスマホやタブレットで読む時代になっていた。

 時代は変われど男を惹きつけるものは変わらない。人気コンテンツはグラビアアイドルの水着姿やセミヌードだった。

 若者の活字離れが問題視されていたが、彼らにとっては音楽をスマートフォンで聴き、動画もスマートフォンで見るというライフスタイルがあたりまえなのだ。情報や知識だけは従来どおりの紙の本で、というわけにはいかなかった。

「昔はヌードグラビアが見たかったら本屋で紙の雑誌や写真集を買うほかなかったよ」

 と年配の者が言うと、若者たちは目を丸くした。

「わざわざ本屋まで行って本を買ってたんすか? めんどくさかったんすね。本なんて重いしかさばるし、日が経つと色あせるし、折れ曲がるし汚れるし、じゃまになるし、なんもいいことないじゃないすか」

「おい、これフィールしたか」

 シュウはにやにや笑いながら訊いた。USBメモリのようなものを手にしている。

「あっ最新号か?」

 カイはメモリを見ると目の色を変えた。中身は不明だが、シュウの思わせぶりな態度でそれと分かった。グラビアアイドルの際どい水着姿にちがいない。

 情報をスマホやタブレットで見る時代はとっくの昔に過ぎ去っていた。見るのではなく「感じるフィール」のだ。

 IT技術はいちだんと進化し、今では人間の頭脳そのものが端末であり、受信装置となっていた。

 USBメモリのように見えるものは実は最新型のデバイスで、たとえば雑誌の定期購読を申し込むと、毎月「最新号」のデータがいったんそちらに送られてくる。

 あらかじめ脳に電極を埋め込んでおいて、デバイスをおでこにあててスイッチを入れると、電気信号が脳に伝わる。使用者は目を閉じたままで雑誌の内容を直接インプットすることができるのだ。

 この究極の電子マガジンの画期的な点は、視覚だけでなく五感すべてに作用することだった。

 水着姿のアイドルを「見る」だけでなく、手で触れることも声を聞くこともでき、体のにおいを嗅ぐことすらできた。もちろんいずれもバーチャルな体験ではあるが。

 サービスは課金制で、「見る」だけなら数百円だが、肌触りを楽しむには数千円余分に支払う必要があった。

 言うまでもないが、すべての人がこの技術を利用しているわけではない。頭蓋骨を開頭して脳に電極を埋め込む(これは「工事」と呼ばれている)のは年配の者ほど抵抗を示した。

 新しいものにすぐ飛びつくのは若者の特権で、それは昔も今も変わらなかった。かつてスマートフォンがシニア層にはなかなか普及しなかった状況と似ていた。

「昔はこんなサービスなんかなくて、本を読むにはスマートフォンにダウンロードしてたんだぞ」

 年配の者が言うと、若者は驚いて目を丸くした。

「へえ、わざわざ画面をの? まどろっこしいなあ」

(了)