第75回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「世紀の大発見」竹野きのこ
「おい、見ろよこれ。すごい発見だぞ」
シゲオは横に座る友人、マサオの前に新聞を広げて見せた。
「なんだ? 宇宙人でも見つかったか?」
「そんなのはとうの昔に見つかっただろ。違うよ、俺たちの遠い祖先が住んでいたっていう『地球』って星があるだろ。隕石でぐちゃぐちゃになって、原形もとどめていないし、もちろん今は誰も住んでいない。……いや住めるような状況じゃない。だからこれまで放置されていたけれど、そこについこの前、調査団が入ったのさ」
「……ほう」
マサオはコーヒーをすすりながら相槌をうつ。
「それで、見つかったんだよ。当時の人間が書いてたっていう文献が。ほら、ここ見ろよ」
「へぇ。……それが?」
「お前、このすごさがわかってないな。俺たち人間は、当時、せまりくる隕石から逃れるために、最低限の物資や人員だけで『地球』を飛び出したせいで、今となっては『地球』に関することはわずかな情報しか残されていないんだ。その後の航海が長く、情報の保管が適切におこなわれなかったことも大きくてな」
時刻はまだ朝の八時を回ったところ。シゲオは世紀の大発見に興奮しているようで、喫茶店中に声がひびきわたっていた。とはいえ、シゲオたちの他には客はおらず、マスターも特にとがめる気はなさそうだ。
「――でもその後、人間はこうしてこの星に居場所を確保し、再び繁栄をとりもどした。やっと余裕ができたから、我らがルーツを探ろうじゃないか、と重い腰をあげたってわけだ。その先鋒がこの前の調査団で、もはやほぼなにも残っていないと思われていた『地球』から、当時の文献を発見したんだ。これは世紀の大発見だぞ」
マサオは、シゲオの熱弁を聞いてもやはりそれほど興味をひかれなかったようだ。真面目に新聞をみることもなく、シゲオに問いかけた。
「……で、結局、その文献には何が書いてあったのさ」
「それだよ。それが大事だよな。ちゃんとここに書いてある。今、読むからちょっと待てよ。えっとな――当時の人々は、一か所に集められて、言語とか計算などを覚え込まされていたらしいな」
「……言葉や計算を? ダウンロードすればいいじゃないか」
「それがな、当時はまだ電子脳がなかったらしいんだ。何をするにも自分の脳みそで覚えるしかなかったらしい。だから、効率を上げるために一か所に人を集めて何時間も拘束したんだとさ」
「そりゃ大変だな。想像もつかん」
「だろう。その上、逃げださないように高い塀に囲まれた場所に集められていたらしいな。日々、一分単位で行動を決められ、見張りもついていたらしい」
「おいおい、当時の人間はそんなに自制がきかなかったのか」
「いやーそこまではわからんが……。――ほお、どうやら食事も配給制だったようだな。ま、これも同じく時間もきっちり決められ、守らないヤツには罰則もあったらしい。それに家畜や食物の世話などもやらされていたようだな」
「――もはや監獄じゃないか。あ、もしかしてあれか? 『社会主義』ってやつなのか?」
「いや、そういうわけではないようだが……」
シゲオは新聞を眺めながら答える。
「しかしまぁこれが本当なら、当時はかなり生きづらい時代だったのだろう。現在に生まれた我々はめぐまれているな」
「こうして、朝から勝手気ままに、くだらないことを話しながらコーヒーを飲んでいても誰にも文句はいわれないからな」
マサオはふたたびコーヒーに口をつけ、皮肉っぽく笑った。
「まあ内容がどうであれ、これが世紀の大発見であることは間違いないぞ」
「わかったよ。それで……、その見つかった文献ってのはなんて名前なんだ?」
「ああ写真が出ている。……当時の言葉だから読み方はわからないが、ここに『がっきゅうにっし』とある。おそらくこれがこの文献のタイトルなんだろう」
(了)