阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「天井座敷」鳥羽風来
天井座敷という店があり、座敷わらしが出るらしい。その噂を知ったのは、居酒屋の口コミが集まるサイトだった。一つだけでなく、過去にも似たような投稿が、ちらほらとあったので、フリーライターの淡野(あわの)は興味をそそられた。早速、店に取材に赴くことにした。
店に着くと、店主らしき男が迎えてくれた。
「お客さん、店は五時からですよ」
「はい。ただ、今日は、この店に座敷わらしが出るという噂について、お伺いしたくて来ました」
「あんた、取材の方?」
カメラをぶら下げ、手元に手帳を準備している淡野に向かって、男は聞いた。淡野は、肩書きがフリーライターとなっている名刺を差し出して答えた。
「はい、そうです。噂は本当なのでしょうか?」
「時々、座敷わらしが出たと聞くことはあるね。変な噂を立てられても困るんだけどね」
「具体的には、どんなことが起こるのですか?」
「うちは、天井裏に座敷があってね。そこで宴会などやると、最初と最後は七人なのに、途中八人いたよねとか、そんな話になる。誰も増えた一人のことを覚えておらず、ただ人数が増えたことだけ覚えている。そんな感じだよ。増えたのは大人みたいだから、厳密には、座敷わらしではないのかも知れんがね」
「なるほど。原因に心当たりはありますか?」
「全くない。客が言っているだけだから、本当かどうかも分からんよ」
男からこれ以上の情報は引き出せそうにないので、淡野は聞いてみた。
「その天井裏の座敷を見せてもらうことはできますか?」
男は血相を変えて言った。
「とんでもない! あそこは高い料金払って予約してくれたお客への特別室なんだ。一人六万円だからね。四名以上から承るんだ」
淡野は、出費と、記事にしたときの反響の可能性などを、頭の中で天秤にかけてから言った。
「それでは、予約お願いします」
男は、急に畏まった素振りになり、レジ脇にあるノートを見ながら言った。
「申し訳ございません。予約が連日埋まっていて……。一番早い日で、再来月の六月十日ですが、よろしいでしょうか?」
六月十日、淡野は高校時代の友人を連れて、五人で天井座敷を訪れた。ちょっとした同窓会だ。メンバーには、座敷わらしの件を事前に伝えていた。
天井裏は、豪華だった。座卓はピカピカで、座布団はフカフカ。しかし、特に座敷わらしが現れるような奇妙な様子は見当たらなかった。とりあえず、会を始めて、ビールで乾杯した。出てくる料理も旨かった。しかし、一時間たっても、二時間たっても、座敷わらしは現れなかった。
女将さんがふすまを開けて、会計にきたとき、皆は「今日はダメだったか」と思った。
しかし、次の言葉を聞いて、皆は驚いた。
「ええと、六名様なので、三十六万円になります」
淡野はあわてて言った。
「いや、うちら五人ですよ。ほら五人しかいないでしょう?」
「あれ? 六名様の料理をずっとお出ししていたんですけどね。ほら、座卓の上に六名様分の召し上がられた跡があるでしょう?」
確かにあった。淡野は、納得のいかない様子で、言われた金額を支払った。
翌日、淡野を含む同窓会の参加者五人のもとに刑事が訪れた。昨日訪れた天井座敷の隣の庭に、女性の死体が見つかったらしい。死亡推定時刻が、同窓会の時間に一致しており、二階くらいの高さから突き落とされた跡があったらしい。被害者の名前は、見(み)浦(うら)由子(よしこ)で、この名前に聞き覚えがないか、皆聞かれた。そして、全員が知らないと答えた。
奇妙なことが重なったので、五人は翌週また集まった。近況報告したあと、一人が言った。
「見浦由子って、知らない名前だけど、実はどこかで見た気もするんだ。どこだったか、全く思い出せないし、気のせいかも知れない」
もう一人が追随して、言った。
「実は、私もそうなのよ」
「おい、淡野。昔、お前の書いた記事に対して名誉毀損で訴えようとしていた女の名前何だったっけ?」
淡野は、内心の驚きを出さないように努めながら、思った。
なぜ、あの名前を知っているんだ。マイナーな雑誌の隅に小さく一度載っただけなのに。計算外だ。ここで上手く答えないと、全てがパーだ。何か良い受け答えはないか。何か……。
(了)