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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「ガラスの天井」桝田耕司

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第74回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「ガラスの天井」桝田耕司

 夢にまで見たマイホームを建設する。田舎から中核都市に出てきた私と妻は庭を欲していたが、通勤時間を考えたら自然豊かな郊外に住むことはできない。

 小学三年生の娘に転校を強いるのは酷というものだろう。友だち関係を新たに作り直す過程で、いじめられる可能性も否定できない。

 緑あふれる住宅街に住めないなら、庭を造るスペースがないなら、せめて自然光をふんだんに取り入れた家で暮らしたい。

 窓を大きくすれば解決する問題なら、一般的な家というか、モデルハウスと同じでいい。しかし、私たちが手に入れた土地は、ちょっとした問題がある。

 北側は片道一車線の県道で、歩道が広い。学生の通学路だから、時には二十台以上の自転車が連なったり、小学生がワイワイと騒いだり、のぞかれるかもしれないという不安がある。

 東、西、南は民家だ。庭がないということは、駐車場も作れない。月極を借りるという条件は今と同じだから、少々不便でも我慢できる。

 ブロック塀ギリギリまで家屋にしないと、住居スペースが確保できない。将来的に母と同居する可能性もあるから、平屋か二階建てにするべきだろう。いずれにせよ、他人の目が気になる。カーテンを閉めっぱなしでは味気ない。

 一ヶ月くらい悩んだが、既存の家では納得できなかった。共働きだから、一般的なサラリーマンよりは貯蓄がある。終の棲家だから、思いきって著名な建築デザイナーに依頼することにした。

「これが、原案です。いかがでしょうか」

 白い口髭が凛々しいデザイナーのノートパソコンをのぞき込む。間取り図を見た私たちは、二つ返事で依頼することにした。

 半年後、完成した家の周囲を確認した。四階建てほどの高さがあるのに、窓は一つもない。一階は柱だけのガレージだ。月極を二台分借りるよりも、エレベーターの電気代のほうが安い。

 二階にあるドアを開けると、あまりのまぶしさに目がくらんだ。太陽が真上にある。水平なガラスの天井から光が差し込む構造なので、窓は必要ない。三分の二が吹き抜けて、三階部分の下が風呂やトイレになっている。

 ダイニングキッチンの手前にあるリビングから三階へ上がると、一面が緑色だった。畳ではなく、人工芝の上に寝ころぶ。体が沈み込むほどのクッションがあるし、気密性の高い全館暖冷房だから、毛布一枚で一年中寝ることができる。

 バーベキューはできないが、キャンプごっこはできる。室内でパターゴルフができる家なんて斬新すぎるだろう。ペットも飼いたい。私は犬派だが、妻と娘のために猫にすることにした。保護猫を引き取れば、命の大切さを知る勉強にもなる。

 さんさんと降り注ぐ太陽の下で昼寝をした。幼い娘は起きられないと思うが、夜には夜の楽しみがある。

 繁華街からは距離があるため、日が変わるころには周囲が暗くなる。深夜二時を過ぎれば、一面の星空が堪能できるだろう。地球に降り注ぐ流星群に幸せが長続きするように祈るのも一興だ。

 キッチン脇のプランターで、ハーブや野菜を育てる。虫が入ってこないから、消毒も必要ない。お米のとぎ汁や野菜クズが肥料になるエコなシステムだ。

 雨が降った。家族三人で芝生に寝転がり天井を眺める。うっすらと張った水に波紋が広がる様子だけでなく、風で飛ばされてきた木の葉の船が大海を渡る姿が見えた。雨どいに吸い込まれる瞬間は、見えないほうがロマンチックだ。

 私たちの幸せな生活は三年しか続かなかった。大通りを隔てた北側に三十階建てのマンションが建設されたのだ。下から洗濯物を干すところが見えるということは、ベランダからは家中をのぞかれることになる。これでは本末転倒だ。

 私たちの生活範囲は、だんだんと狭くなり、トイレと風呂前の廊下で眠るようになった。リビングでもくつろげない。食事中も上空が気になって、箸からぽろぽろと食材がこぼれた。一番ナーバスになったのは、年頃の娘だ。クラスの男子がマンションの上層階に引っ越すなんてありえないと、泣き腫らした。

 これではまるでドールハウスだ。もう、我慢できない。家族の意見が一致した。近くに安いアパートを借り、売却を試みる。せめて土地代と建設費用の半分でも回収したい。

 欠陥を記載した上で、売却を試みる。まさかまさか、露出狂の資産家から百件を超える問い合わせがあるなんて、想像もしなかった。オークションにかけたところ、二倍の価値がついたのである。流れ星さん、ありがとう。

(了)