阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「とりつく島」楠守さなぎ
大海原の真ん中で、一人の男が漂流していた。
乗っていた船が嵐に遭い、この男は海に投げ出されたのであった。稲妻が走る海で、荒れる波に揉まれて意識を失った男は、気がつくと上半身を大きな板に預けた状態で、凪の海を漂っていた。
周囲には船も、島影も見当たらない。見渡すかぎり、水平線が広がっている。遭難したことを悟った男は、陸地を探すべく泳ぎ出した。
長い時間をかけて最初に見つけた島は、木がうっそうと茂っていて、遠くから見ると巨大な森のようだった。近づいてみると、島の周囲は断崖絶壁で、まるで島自体が「人間を寄せ付けない」という強い意志を持っているかのようだ。ここが無人島であることは間違いないだろう。
長く漂った末に辿り着いたのが、こんな島でいいのか。人間が一人もいないなら、ここに上陸する意味はない。自分の中で答えを見つけた男は、島に足を踏み入れることなく、再び波に身を任せた。
二度目に島を見つけたのは、最初の島を離れてからちょうど丸一日経過した頃だった。小さいながらも漁港があることから、今度は無人島ではないと判断した。しかし、島全体が先ほどの島よりも小さい。
島の発見に一瞬喜びかけたものの、男は冷静になって考えた。本当にこの島が自分にふさわしいか、確かめなければ。
島の周囲をぐるりと回ってみるが、その間に見かけた住人は、わずか五人。それも、揃いも揃って老人ばかり。集落があるのは、島のほんの一部のみ。それも、ほとんどの家は朽ち果てている。浜辺に打ち捨てられているのは、さびついてタイヤも無くなった軽トラック。学校らしき木造の建物はあったが、暗い校内に子供の気配はまったく無い。
どうやらここは、過疎化した島らしい。近い将来、無人となる運命の島だろう。
新しい自分の住み処となる島。それが、こんな希望の見えない島で良いのだろうか。やがて誰もいなくなり、ぽつんと一人、取り残される自分の姿が目に浮かぶようだ。それで良いわけがない。
男は再び、島に背を向けた。
波間に漂う男は自問した。自分の理想とする島はどんなものだろうか。
まず当然、住人が多いことが必須条件だろう。夜には光輝く、都会の港町。実にロマンティックだ。そうだ、海辺の遊園地があってもいい。巨大な観覧車に、毎夜若いカップルが訪れる。まばゆい遊園地とは裏腹に、ぞっとするほど暗い夜の海が、観覧車の窓から見える……。
あるいは、工場地帯というのも捨てがたい。最近は、工場地帯の美しい夜景を撮るのが流行っていると聞いたことがある。写真目当てのツアーが組まれて、多くの人が訪れる。やがてそこは、男の活躍によって、別の意味で有名になる……。
夢想する男の意識が引き戻されたのは、男にとって三つ目となる島が視界に入った時だった。遠くからでも、先の二つの島よりも小さいことがすぐに分かった。当然、遊園地も工場も無いだろう。
それでも男がその島に近づいてみようと思ったのは、中腹に大きな建物が見えたからだ。決して荒れていない、手入れの行き届いていそうなその建物を見るかぎり、少なくとも無人島ではなさそうだ。
近づいてみると、美しい砂浜に桟橋がある。どこかの金持ちが所有する島で、あの建物は別荘として使っているのか。はたまたここは観光地で、あれはホテルだろうか。
別荘であるなら、深窓の令嬢が滞在することもあるかもしれない。ホテルならば、美しい海と砂浜を目当てに若い女の子たちが……。
理想とは違うけれど、良いだろう。これ以上の条件が整った島が、そう簡単に見つかるとも思えない。ここに至るまで、もう半年近くも経っているのだから。
海難事故で死んだ男は、ようやっと自分のとり憑く島を見つけた。
(了)