阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「手のひらの白い砂」吉田猫
一日二便しかないフェリーを降りると、歩いて白砂浜に向かった。小さな港からつながる細い道はやがて海岸から離れて島の中央に向かうようだ。私は砂浜に降り波際を歩いた。
一通の手紙が私の自宅に届いたのは一週間前のことだ。封筒の中には一枚の紙と小さなビニール袋に納まった砂浜の白い砂が入っていた。紙にはこう書いてあった。
「神恨島小学校の元生徒みなさんへ。白砂浜でバーべキューをしませんか?」
送り主は、もはや島と何の関わりも無い私の所在をどうやって見つけたのだろう? 確かに私は小学三年の途中までここ神恨島で暮らしていた。いや、暮らしていたと聞いている。不思議なことにほとんど記憶が無いのだ。大学生のとき生前の母に一度だけ訊いたことがある。自分は本当に島の小学校に通っていたのかと。すると母はこう言った。
「あの島では色々と辛いことがあったけん、それで忘れてしもうたのかもしれんな」
母と同じく早世した父は漁師だった。だがその頃不漁が長く続き、海での事故や災害で仲間が亡くなったのを機に漁業に見切りをつけ家族を連れてこの島を離れたのだそうだ。
「そんで孝弘ちゃんのこともあったしな」島は大騒ぎだったと母は言った。近所に住む同級生の一人が海で溺れて死んだという。住民すべてが家族のようなこの島の人にとって子供の死はたいそう辛いことだったのだろう。
それにしても波の音とまぶしい太陽が心地良かった。海鳥の鳴き声も聞こえる。この風景は日頃、神経をすり減らしながら金融の世界で戦う私にとってはまさに癒しに思えた。この島の役場の年間予算など私が一日で動かす金額より小さいに違いない。嫌いな言葉だったが、これこそ自分探しの旅じゃないか、と独り言ちてしまい思わず苦笑した。
美しくカーブを描く入り江の先に岬が見える。地図を見るとあの手前が白砂浜のはずだ。辺りに人影は見えなかった。そういえば船を降りてから今日は誰にも会っていない。
いくつかの岩場を越えて白砂浜に着いた。名前の通り美しい白い砂浜が広がっている。ちょうど指定された時間だというのに何故誰もいないのだろう。島の人々はのんびりしていて時間など気にしないのだろうか。
高台になっている岬の先端に立てば砂浜を歩いてくる人々が見えるかもしれない。目を凝らすと切り立った岩に上へと向かうルートがあるように見えた。私はバッグを砂浜に置き岩を登り始めた。人がなんとか動ける程度の細い道を岩にしがみつくようにしてゆっくりと登った。十五分くらいかかっただろうか。岬の先端にやっとたどり着くことができた。水平線が僅かに弧を描き地球が丸いことを教えてくれるような絶景が広がっていた。下をのぞくと切り立った岩場に波が打ち付けている。港の方に目をやると今、歩いてきた砂浜が一望できた。人らしき姿は相変わらず全く見えない。いくらのんびりしているからとはいえ、催しものをしようという人々がこの時間になっても誰も姿を見せないのはどういう訳だろう。私は腰を下ろしてもう一度水平線を見つめた。ポケットから砂の入った袋を取り出し破ると手のひらに白い砂を広げてみた。日差しがまぶしくて目を細め、一度瞼を閉じると眠気を感じ始めた。
後ろから背中を蹴られて目が覚めた。
「何やってんだ、お前は!」
頭に砂をかけられ、飛び上がるほど驚いた。たかひろ君は僕の顔を覗き込むと「馬鹿か?」と言った。たかひろ君はどうしていつも僕に意地悪するのだろう? 毎日僕の顔を見ては「馬鹿か?」と言う。僕はすごく嫌だった。たかひろ君は岬の先端に立って両腕を上げて飛び跳ねながら海に何か叫んでいる。また僕の悪口を言っているのだ。もう我慢できない。僕は頭の砂を払いゆっくりと立ち上がり静かにたかひろ君の後ろに近づくと思いっきりその背中を押してやった。たかひろ君の声は絶叫に変わりやがて聞こえなくなった。
頭の砂を払った。シャツの背中にまで砂が入ってしまい気持ちが悪かった。たぶん、うとうととする前に握りしめていた砂を自分でかけてしまったのだろう。私は立ち上がることができなかった。蘇った記憶に打ちのめされて動けなくなっていたのだ。ここで、この手で、孝弘君を海に突き落としたのか……。
相変わらず浜に人影はなかった。誰も来るはずがないのはもうわかっている。手紙など最初から無かったのかもしれない。送られてきたはずの砂だってきっと足元の砂を握りしめていただけなのだろう。夕方の船にはもう間に合わない。知り合いもいないし、泊まれる宿などありそうもない。これからどうすればいいのだろう? 寒い。家に帰りたい。
見えるのは暗い水平線だけだ。海鳥の鳴き声がたまらなくうるさくて耳を塞いだ。
(了)