「小説の取扱説明書」~その52 創作はまるで薬物
公募ガイドのキャラクター・ヨルモが小説の書き方やコツをアドバイスします。ショートショートから長編小説まで、小説の執筆に必要な情報が満載の連載企画です。
第52回のテーマは、「創作はまるで薬物」です。
命を削って書くに等しい行為
フランスにこんな小噺があるそうです。
「外にいる者は入りたがる。中にいる者は出たがる」
なんのことかと思ったら、答えは「結婚」でした。ブラックユーモアですね。
しかし、真理を突いています。日本では「隣の芝生は青い」と言ったりしますが、実態をよく知らない人にはそれがよく見えるということですね。
小説家に憧れる人が多いのも、「外にいる者は入りたがる」の一つなのかもしれません。小説家っていいなあ、好きなことしてお金を稼げて、尊敬までされて。格好いいなあ、お気楽そうだなあ――なんて。多くの小説家が「楽な仕事ではない」と力説しても、「あんなふうにボヤくこと自体、羨ましい」と思ってしまいます。想像力の欠如とは言いますまい。それほど小説家に対する世人の憧れは強いものなんだと思います。
確かに、モノを書いていて楽しいと思う瞬間はあります。頭の中でストーリーが次から次へと動いていくときも快感です。しかし、それは全体の1割ぐらいで、残りの9割はだいたい悶絶に近い状態。目の前に壁があって全然前に進めなかったり、うまくロジックが通らなくて考えあぐねたり、凡庸さと陳腐さに嫌気が差したり。有名な作家でさえ、みんな命を削るようにして書いています。
創作は薬物のようなもの、それでもやめられない
それでも、小説を書くことをやめられません。創作はよく登山や出産にたとえられますが、書き終えたときは、まるで高い山に登頂したときのような達成感があり、それまで死ぬ思いで書いてきたのに、脱稿した瞬間にそれまでの苦労をすべて忘れてしまいます。だからこそ次作も書こうと思えるわけですが、そんなことをしているうちに知らぬまに本当の意味で身を削ってしまうのかもしれませんね。
身を削って書いたから亡くなってしまったとは言えませんが、小説家として活躍中に急逝される方もいます。公募ガイドで取材させていただいた小説家でいうと、葉室麟さんは66歳の若さで急逝されています。火坂雅志さんも58歳という若さでした。真鶴まで取材に行ったときはすこぶるお元気で、それから数年しか経っていなかったので驚きましたが、あのとき、すでに病魔は着実に近づいていたのかもしれません。
もちろん、至って健康な作家もいますが、それでも小説はお気楽には書けませんし、毎回死ぬ思いで書いているというのも偽らざる実感でしょう。「今度こそはアイデアが尽きて何も書けないかもしれない」という不安を抱えている作家もいます。
という話を聞いても、それでも命がけで書いてみたいと思う。それはその先に得も言われぬ世界が待っていることを知っているからでしょう。小説とは罪なもの。まるで薬物ですね。
(ヨルモ)
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ヨルモって何者?
公募ガイドのキャラクターの黒ヤギくん。公募に応募していることを内緒にしている隠れ公募ファン。幼馴染に白ヤギのヒルモくんがいます。「小説の取扱書」を執筆しているのは、ヨルモのお父さんの先代ヨルモ。